審査委員
● 三田村 有純(工芸科教授)、○ 佐藤 道信(芸術学科教授)、◎ 薗部 秀徳(工芸科講師)、橋本 明夫(工芸科教授)、高山 登(本学名誉教授)
1997年 東京藝術大学美術学部卒業
1997年 パルコアーバナート#6優秀賞
1999年 デザイン会社勤務、世界一周旅行
2000年 渡米。カルフォルニア州サンフランシスコ
2001年 カルフォルニア美術大学(California College of the Arts)入学
2002年 サンフランシスコファウンデーション The 2002 Murphy and Cadogan Award 受賞
2003年 カルフォルニア美術大学 Ronald and Anita Wornick Award 受賞
2004年、カルフォルニア美術大学修士課程修了
2005年 「(アート) イン エブリデイ ライフ」 Ampersand International Arts(サンフランシスコ)
2005年 「個展—ドメスティックアートの仕事」 Blue Room Gallery(サンフランシスコ)
2006年 「個展」リサデントギャラリー(サンフランシスコ)
2006年 東京藝術大学教育研究助手就任
2007年 茨城県利根町の古民家を舞台としたアートプロジェクト「ドメスティックアートプロジェクト四方山荘」
(アーティスト・ランによるアーティストインレジデンス事業および展覧会) 実行委員会代表/ディレクター(四方山荘, 利根町)
2007年 自主企画「自家生成日本美術ドラフト展 YOMOYAMA exhibition 2007」(四方山荘, 利根町)
2008年 自主企画「自家生成美術醸造展 YOMOYAMA exhibition 2008」(四方山荘, 利根町)
2009年 四方山荘にて邦楽と能の舞台,自主企画「一期一家—琴の演奏と能の仕舞」(四方山荘, 利根町)
2009年 文化庁新進芸術家海外研修制度研修員, 渡独, Marta Herford 美術館(ヘルフォルト, ドイツ)
2010年 自主企画「Kunst im Wohnzimmer(居間の美術展)」(ヘルフォルト, ドイツ)
2010年 「Invisible Shadows—Images of the Uncertainty」MARTa Herford 美術館 (ヘルフォルト, ドイツ)
2010年 「ドメスティックアート四方山荘2010」「臨時現代美術館」(旧布川小, 利根町)
2011年 東京藝術大学大学院後期博士課程美術専攻工芸研究領域入学
2011年 「Between the Signs/日独対話展 Maiko Sugano & Gabriele Horndasch」国際交流基金ケルン日本文化センター(ケルン, ドイツ)
2012年 「個展」東京藝術大学大学美術館取手館
2013年 「Invisible Connection」Instinc Art Space (シンガポール)
本論は、2004年の筆者の修士論文のテーマ、“ドメスティックアート”について考察を深め、それを発展させる目的によるものである。ドメスティックアートという身近な場所での芸術のありようについて、社会に対してこれまで実験して得た結果をもとに、類似した方向性をもつ哲学や事象、用語解説といった二次、三次情報を比較検討し、新たな芸術の方向性を導きだすための考察である。具体的には、ドメスティックな空間で鑑賞される芸術の可能性と、空間の所有者がしつらえる室内装飾用の道具、または舞台演出としての工芸品の機能について考察した。人が生きることに必要な芸術とは何か。ひとつの日常生活空間が、もてなしや儀礼で、ハレの空間として使われるときの変化は、どのようなものか。また、生活空間のなかの異空間として据えられている仏間や神棚は、住人の意識にどのように位置づけられているのか。そのような様々な事項について検証した。
私たちは、現在、西洋の形式に甘んじて美術展示を行っているが、本稿では「日本古来の芸術鑑賞法の歴史に沿った日本人ならではの感性を、いかに現代に再生できるか」について様々な方向から考察した。
また、多くの日本人の生活スタイルから切り離され関与されなくなった日本の美術について、そして資本主義経済の社会の中で経済活動のルールから隔離された、芸術活動の本来の意味とあり方について考察した。
本論文は、以下の各章から構成される。
第一章「美術展示の鑑賞方法―日本と西洋」では、風土や文化における日本と西洋の差異に注目し、とくに床の間における日本独自の空間概念についてと、オモテやオク、ハレとケといった時間や空間の設定による日本家屋の仕様に着目し、室内芸術の鑑賞方法について考察を深めた。現代日本で人々の意識に存在する伝統美術と、日本化された渡来文化の近現代美術が、平行線上にあって相容れない二重構造であることを踏まえた上で、同様の外見をもつことさえあるものの、西洋発祥のコンテンポラリーアートとは考え方の全く異なる日本の芸術形式の歴史を振り返りながら顕在化させ、研究対象を明確にした。両者が理解し合えないことがある理由や、日本人が自国の文化として守っていくべき美意識を考察した。また、日本で古来より営まれて来たもてなしとその形について取り上げ、自らの日常生活空間への他者(客人)の迎え方、気遣いや目を楽しませる様々な仕掛けについて述べ、そこから現代社会のための美術のありようについて提言し、また、空間環境が与える心理的作用について考察した。
第二章「美術鑑賞の場としての日常生活空間」では、日常の生活空間が美術鑑賞の場になりうるかを論じた。日本の庭や建築内部の障壁画や床の間に共通する、回遊式や上下間の流れの構造が空間に及ぼす雰囲気について論じた。「目のやり場」がどのように人々に鑑賞されているか、またそういった「庭」が、私たちの心にどのような感覚をもたらしているのかを、実例をあげながら確認した。また、しつらいおよびインスタレーションの手法による小世界の創出について言及した。
第三章「もてなしと美術」では、もてなしと美術の関係について、日本とドイツでの筆者が行ったプロジェクトの実例を挙げた。そこで、コミュニケーションを生む時間と空間の工夫について考察した。また、プライベートとパブリックの心理について言及し、人と人の間に生まれるコミュニケ―ションや緊張感について述べた。また筆者のアーティストランのアーティストインレジデンス事業「ドメスティックアートプロジェクト四方山荘」にて、外国人アーティストをもてなす際に解ったこと、また反対に、筆者がドイツで滞在アーティストの立場でドイツのある地域で行った「リビングルームのアート展」の際に得た経験をもとに、日常生活環境で美術と人々がどのように接していけるかについて検証した。
第四章「室内の造形」では、室内家具道具が空間の性格を形成する要素となっていることを述べ、室内に多く使われる素材「木」について、様々な視点で考察した。また、室内造形物において重要な触覚について言及し、それを鑑賞する楽しみについて述べた。そして、家具道具をテーマにした自作のインスタレーションや石鹸彫刻を紹介し、筆者の過去の作品群が、今回の修了制作の基盤となっていることを確認した。美術のもつ視覚とイメージの作用についても言及し、また、室内の日常空間に作品を置く際に、触覚、音、匂い、漂う空気についても考慮が必要であることについて述べた。そして、イメージのための家具や宗教的な家具、自作の作品など、室内において空間を異化する作用をもつ立体造形物について考察を深めた。
終章「ここからの日本の美術」では、筆者が日本のみならず各地での滞在や活動の経験と、身近な実体験から導きだされた“美術の原点“の考察をもとに、日常の生活空間を、ハレとケに区切りながら展示空間として再構成する“しつらい”という伝統的なアイデアを、ドメスティックアートという言葉を用いて現代美術の新たな基盤として活用する可能性について提言し、まとめとした。
「接続詞の庭」 栗、桐、樟、檜、楓、ハードメープル、春楡 2013年 およそ400x1500xH300cm サイズ可変