審査委員
● 三田村 有純(工芸科教授)、○ 片山 まび(芸術学科准教授)、◎ 小椋 範彦(工芸科准教授
)、小林 伸好(東北芸術工科大学教授)、井谷 善惠(多摩大学講師)
1988年 台湾東海大学 Fine Arts Department 卒業
2009年 台湾国立台南芸術大学院 応用芸術研究科 金属製品創作及び装飾品デザイン専攻 卒業
2013年 日本国立東京芸術大学 美術研究科 工芸研究領域 漆芸研究分野 博士課程三年在学
生命樹~漆情系列 七彩
はじめに
筆者は自然にある天然の素材を使って、その美しさを手作りの芸術作品として表現したいと思っている。こうした天然素材を使った品物、とりわけ漆芸作品は天然の素材からその美しさを引き出して作られると同時に生活に用いられ、文化と産業・経済に大きな効果をもたらしている。
現在、人々はみな環境保護の重要性を認識している。筆者にとって創作は筆者個人の表現にとどまらず、社会と環境への配慮を示すものであり、筆者は自分が作った漆芸作品を身につけたり使ったりした人が漆の天然の美しさを感じ、大自然を慈しみ、大事にする気持ちを持ってくれたらと思っている。
ずっと昔から人々は木を紙や様々な木製品を生活に利用してきた。樹木は人類にとって大切な自然資源であるが、樹木は人に「無限」、「生命」、「生長」などのプラスの意味合いを感じさせ、自分と環境が相互に依存する関係であることを思い起こさせる。
木の文化-木へ信仰と祈願
樹木はさまざまな姿があり、少数な観者の視点を上下に移動貫通させることができる対象である。樹木の生長は絶えることなく天に枝葉を伸ばして行くが、地の底に絡みつく根も絶えず伸ばして行き、地面をしっかり掴んで、枝葉を力強く天に伸ばす。さらにその絡み合いもどんどん拡展して行き、地盤を強化しながら、旺盛な生命力と努力向上の前向きな意味をもたらす。木が生命の象徴なのは世界共通の合意であり、樹木崇拝はいろんな原始宗教の中で重要な地位を占めている。
自然な樹林は神の第一の神殿と思われ、神聖な茂みは最初に崇拝的な儀式が行われる場所である。古代のギリシャ神話の中では、人たちの自然現象への強烈な興味が表されている。大自然との無尽な関係が神の介入を代表し、木に神聖な意味を付与して、「聖樹」、「生命樹」などの名前も生まれたのである。
日本においては神社には神木が信仰の対称として配され、また能舞台の背後に描かれる大きな松は天から降臨する神を迎えるためのものであるという。インドでは仏教のなかで菩提樹や沙羅双樹として神聖視され、古代中国の世界樹は桑の木で表される。イスラム教の生命の樹は豊饒、生命を象徴し、絨毯や染織文様にも使われている。マヤの天文学には、マヤの「高知恵生命体」は聖樹を通じて地球に来たと記載されている。「聖樹」の根は地の底まで伸ばして行き、枝の先端は天とマヤ人の先祖に向いて行く。
台湾の民間伝承にもずっと巨木を地方の「守護神」として崇めて来た。樹木は数百年の歳月の風霜雨雪を経ても、どうどうと立ち、揺れずに、「樹大有神」として、人たちが感じる古い木に対する畏敬な心が自然崇拝と信仰を生み出したのである。神樹と思われる巨木は赤い布を樹幹に巻き込んで尊敬を示し、木の下はコミュニティーの合意を固めるための重要拠点となる。
中国では年画の題材は一部の民間生活の画集で、伝統生活を研究するための重要な史料である。搖銭樹は伝説の宝樹で、木からお金が落ちるとまたお金が生えてくる。金持ちになりたいという人々の願いを強くするのである。
台灣の漆文化にする起源と発展
台湾の初期移民は福建漳泉などから来た者がほとんどで、福建が大陸の国界に位置することから、当時の人たちは海を渡ってやってきた。新しい生活を始めるという困難の中でも漆文化は広く浸透していた。当時の台湾には漆の木は生えていなかったが、人々の間で使われていた漆器はそのほとんどが福建から来たものだった。
1895年、日本統治時代が始まると、多くの日本人が渡台してきた。漆器は日本人の生活には欠かせない器物で、当時の台湾の木材資源が豊富だったこともあり、台湾での漆事業の整備が計画的に進められた。
先ずは漆の木の導入、及び漆精製工場の設立に始まり、漆器製作及び普及のための工芸が発展した。 1921年日本人がベトナムから漆樹を輸入して台湾で植えて、漆樹の輸入と精製漆場の設立以外に漆器製作と普及のために工芸伝習所を設立した。日治時期台湾新聞社発行の“台中市史”の“台中市工芸伝習所”により:山中公先生(東京美術学校漆工科卒 原名甲谷公)は台湾本島の特産材料を使い、台湾人情と風俗習慣を研究し、台湾原住民の原始彫刻といろんな豊富な色彩のものを収集研究して、台湾の漆器特色品を製作した。特にその製品は台湾特有の風俗習慣を結合し、著名な動植物を装飾し、浮き彫り、刻描して色漆で彩色をした。名称は「蓬莱塗り漆器」である。1928年三年制職工養成機関―工芸伝習所を開設する。台中公園内の物産陳列館で開学し、台中市が経営管理して育った漆工人才は台湾の漆器産業発展と漆芸教育には深遠な影響を与えるのである。
中国語で「十年樹木、百年樹人」と言う言葉がある。これは教育と樹木を一緒に連想し、樹木の成長は十年ぐらいかかるが、人材の教育はそれ以上もっと時間がかかる、という話である。
台湾では、漆芸はやっと伝承と発展が始まったばかりで、その美はこれから徐々に多くの人に知られるようになると思う。だからこそ筆者は漆芸の世界に身を投じるのであり、創作のベースとして台湾の漆芸の歴史を大事にしていきたいと思うのである。
台湾の漆工芸では現在、大学の教育課程や政府の共同計画の下、多くの若い学生がどんどん増えてきている。傑出した工芸師による指導で、台湾の漆工芸は現在、勢いよく成長しているところである。
1998年、大葉大学成立の造形芸術科が漆芸課程を開設した。2002年、台南芸術学院応用芸術研究所が漆金課程(金属と漆芸)を開設した。
創作テーマは樹木のありとあらゆる造形及び内容とする。樹木は食・衣・住・行・育・楽または医薬・文化等、各方面において人の限りない需要を満たしてくれる。
研究内容は主に樹木と人類(木・紙・日よけ雨よけ・信仰祭拝)・樹木と環境(山林・都市・公園)、樹木と気候(酸素を作る・風・雨・雷・電・春・夏・秋・冬)等の関係を詳細に研究することにある。自然植物は主な素材であり、創作インスピレーションの源である。そもそも創作工芸は産業以外に文化価値をもっている、ゆえに創作と持続的環境保全という2つのテーマを結びつけることは工芸品を意義のあるものにする。
私の今現在の創作は、この二方面から検討し、研究発展した、装身具とパブリックアート、およびホームデコレーションの製作である。この二方面から創作研究をしていきたい。
又平文・蒔絵・沈金・箔貼り等及び金属材料関連の装飾技法や木胎・乾漆・金胎等による造形の製作を研究し、漆芸と金属のあらゆる結合の可能性を作品創作において実際に用いることで、線条を編む・情緒及び色彩の美しさを有する、自然素材を生かした工芸作品を創作する。私の作品デザインは主に装飾と実用性を目的としていて、ほぼ線として表現してます。縦と横、交差の線を利用して透かしを作り、中に空っぽの空間を作ります。このことで、作品の重さを減らすこともできます。