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李 承玹

LEE Seung Hyun

工芸(鍛金)研究領域

審査委員
● 篠原 行雄(工芸科教授)、○ 小松 佳代子(芸術学科准教授)、◎ 丸山 智巳(工芸科准教授)、飯野 一郎(工芸科教授)、橋本 明夫(工芸科教授)


1981年 韓国ソウル生まれ
2005年 ソウル大学校美術大学工芸科卒業
2007年 東京芸術大学大学院美術研究科鍛金研究室交換留学課程1年修了
2009年 ソウル大学校美術大学院工芸科修了
2010年 東京芸術大学大学院美術研究科鍛金研究室研究生課程1年修了
2013年 東京芸術大学大学院美術研究科鍛金研究室博士課程3年

主な受賞
2007年 青洲国際工芸ビエンナーレ公募展 特別賞
2007年 ラークブック社公募「500金属器」入選


鍛金による祈りのかたち

祈りのかたち1 銅 200*200*h700(mm)

祈りのかたち1 銅 200*200*h700(mm)

祈りのかたち2 銅、金箔 500*500*h700(mm)

祈りのかたち2 銅、金箔 500*500*h700(mm)

人間の生活に美術が成立したのは何故なのか。人間がイメージを創造した歴史の中で何を美術の初期形態と見るかに関しては様々な説がある。筆者は本論文で、後期旧石器時代の洞窟壁画のように、人が祈りをする行為から美術が始まったという説を前提にして論を進めた。人間が生存のため本能的に祈りを行う際に、それを形象化するイメージを創造したことが美術の始まりであると考えている。現在の我々が行っているイメージ創造の行為も、何らかの祈りを形象化するためなのではないかという仮説がこの研究の始まりである。
本論文の目的は、祈りの形象化として美術制作を捉え、筆者が鍛金という金属工芸技術を用いて造形することが祈りの行為であることを明らかにすることにある。様々な祈りの行為の特徴と鍛金作業の類似性について考察し、修了作品の制作過程と選択したモチーフや技法の意味を考察することで、筆者の制作行為が祈りの形象化であることを明らかにする。
第1章では、祈りの形象化に使われる象徴について論じた。祈りが心の中で行われるだけでは抽象的な概念に留まり具体的に表現することは難しい。ところが、祈りが言葉や行為、あるいは造形を通じて形象化されると、心の中で密かに行われるのとは異なる影響力を持つようになる。第1章では、様々な祈りの行為に観察される共通の要素として反復や昇華に着目して本論文における祈りの概念を説明した。第1節では、繰り返して拝むことや石を重ねて祈ることなど祈りの儀式で行われる反復的な行為について考察し、それらが石塔や祭祀での供物などのように垂直方向に重畳されるかたちへ繋がることを論じた。第2節では、祈りの儀式として行われる風灯飛ばしや焚祝などを例に、人間の祈りが神に伝わる、祈りの昇華という概念について述べた。目に見えない昇華の瞬間を感じるには、かたちとして理解される必要がある。他の次元への移行を意味する昇華を人々がより強く共感するために、造形や音楽、踊りなど、芸術は良い媒体であることを述べた。
第2章では、筆者が鍛金という金属工芸技術を用いて祈りをかたちにする作業を行う意味を考察した。第1節では、祈りを形象化するのに筆者が金属を用いる理由を明確化した。採掘と精錬の過程を必要とする金属はシャマンの火を扱う能力と結びついて神聖な存在として位置づけられ、祈りの儀礼の道具としても用いられる。その意味で祈りの形象化に適した素材であることを論じた。第2節では、祈りを形象化する手段として鍛金という制作技術が持つ意味について論じた。金属素材の神聖視に伴って、火を使って金属を扱う鍛金技術も超越的な力によるものと思われるようになる。筆者が実際に制作を行いながら感じた金属素材と鍛金技術の特性について、第1項では鍛金作業の反復的な行為、第2項では金属素材で表現できる可変的なイメージと関連させて考察した。
第3章は祈りを形象化するために用いたモチーフの考察である。筆者が火のイメージを借りて祈りを形象化するようになった背景と最終的に制作した作品の意味について論じた。第1節では、韓国での修士課程の作品から日本で制作した博士課程の作品まで、祈りを形象化してきた過程を説明した。特に、祈りという抽象的な概念を表現するためのモチーフが、水辺の石から未熟な形、鳥へと変化してきたことの意味を検証した。第2節では、祈りのかたちとして火というモチーフを取り入れるに至る経緯を述べた。第1項では、人々がかたちを見てあるイメージを感じ取り、それが特定の象徴として伝わる過程について考察した。第2項では、火のかたちを借りて修了制作をするようになった背景を、韓国と日本の古代遺物に見られる火炎紋や火焔土器などを例に、火が神聖性を象徴することから説明した。第3節では、修了作品の制作過程やその意味について述べた。修了作品で目指したテーマと、それをかたちにするために必要とした制作過程を跡づけた上で、その形や色がいかなる意味で祈りの形象化であるかを明らかにした。
終章では、本研究と作品制作を通じて得られた成果と今後の課題を述べた。自分の成長という個人的な祈りをテーマにしていた過去から、祈りそのものをテーマにして制作するようになった現在まで、筆者の思考に影響を及ぼした環境的な変化のなかで、様々な試行錯誤や内面の悩みを経験しながら制作を続けることが「鍛金による祈りのかたち」の研究に繋がり、作品1、2の成果を生み出したとまとめた。最後に、作品を制作、展示することで望みの通り私の祈りが昇華されたのかについて反省し、本研究で得た成果を土台に、多様な可能性を試すため積極的に制作に邁進することがこれからの課題であることを述べた。
本論文は以上のように、筆者の制作に対する考え方を整理し、それを土台に実際の制作に取り組んだ過程の意味を明らかにすることで、筆者自身が持っている造形への哲学を「祈り」というキーワードでまとめた。祈りは、古代から人間の造形行為と密接に結びついてきた概念であり、筆者自身にとっては鍛金という技術の特殊性や環境的な要因とも結びついて、強く意識するようになったものである。修了制作とともに本論文は、これから続く制作活動の出発点に位置づくものである。