審査委員
● 菅野 健一(工芸科染織教授)、○ 本郷 寛(芸術学科美術教育教授)、◎ 上原 利丸(工芸科染織准教授)、豊福 誠(工芸科陶芸教授)
1981年 静岡県生まれ
2006年 東京藝術大学美術学部工芸科染織専攻卒業
2008年 ロンドン芸術大学 MAテキスタイルデザイン科 交換留学
2010年 東京藝術大学大学院美術研究科工芸科染織専攻修了
主な個展
2010年 ミヅマ・アクション,東京
2011年 東京オペラシティ・アートギャラリー,プロジェクトN,東京
2012年 イセ文化基金フロントスペース・ギャラリー,ニューヨーク
(公益財団法人野村財団助成金)
主な受賞
2007年 『第8回SICF』審査員奨励賞受賞
2011年 『イセ文化基金・学生美術展覧会』デイビッド・ソロ賞受賞
2011年 平成23年度三菱商事アート・ゲート・プログラム 奨学生
2013年博士審査展風景
序章 革新的な伝統芸術の創造
本論文は、現代における西洋と東洋のハイブリッドな染色表現に焦点を当て、伝統芸術である糸目友禅染の現代に適合した在り方を考察したものである。
これまでに私は、現代都市社会のイコンをテーマに据え、染めの行為における「蒸し」の染料定着を「保存」と捉え直し、絵画媒体に「保存」する制作を行ってきた。そうした現代都市社会のイコンを映し出す制作過程の中で、現代の事象や西洋と東洋の美術史の表現や技術を内包させることを考慮しながら実践してきた。なぜなら、そのような現代美術の視点を導入することで、より柔軟性に富んだ工芸の創造を展開することが可能だと考えるからである。伝統技法の糸目友禅染めを継承しながら、現代における新たな伝統芸術の価値を生みだし、国内外で通用する作品の理論と実践を模索するには、まず、革新的な伝統芸術を創り出す可能性を実践において探求することが求められる。
筆者が新たな世代の伝統技法の継承者として、「西洋と東洋」、「過去と現代」という多角的な表現要素のハイブリッド化を試みることで、革新的な伝統芸術は創造することができるのか、また、その表現内容とはどのようなものかということを見出すことが本論文の研究目的である。
第1章 現代における絵画の主題
第1章では、西洋と東洋の美術史上における都市社会を描いた作品の分析を通して、現在までの作家達が創造してきた現代都市社会の表現について考察した。私が影響を受けた都市社会を重点的に取り上げ、私の現代都市社会の象徴的なイコン作品の実践を提示した。そして、友禅染の歴史と日本美術史の文脈を読み取り、先人達の理論と実践を解釈することで、現在における筆者の立場を明確にした。
第2章 絵画の構造
第2章では、西洋と東洋の美術史の文脈で、絵画の構造を比較検証しながら、東西の共通性と差異を論じた。それらの絵画における表現と形式、運動性、平面性の視覚表現の可能性に注目しながら、絵画の構造を考察することで、自身の作品の理論と実践を向上させることを狙いとした。一方で、鑑賞する側に立ち位置を置き換えて、人間の知覚を脳科学と生物学を参照にしながら絵画の粗密度の探ることで、第三者が作品を鑑賞した際の「寄りと引き」について考察した。
改札口、2012、絹に友禅染、1016X2134X40mm
第3章 現代における染色表現の昇華
第3章では、現代を反映させる主題を選び、染色表現についてさらに深く考察した。西洋のステイニング(染込み)作家のヘレン・フランケンサーラーとモーリス・ルイスの表現をひも解き、彼等の表現内容と形式を明らかにした。また、染込みの特徴である「余白」「抽象」に焦点を当て、ステイニングとカラーフィールド・ペインティングの作品の「地」と「図」の関係性の検証も行っていた。その上で、私自身が鏡となり、現代社会の事象を内包させた作品について述べた。なぜなら、私の制作においては、主題、技術、表現内容がシンクロするからであり、つまりそれが、現代における染色表現の昇華の方法であると考えたからである。
プラットホーム、2013、絹に友禅染、1069X2030X40mm
Gun Down II、2013、絹に友禅染、1010X1010X40mm
終章 西洋と東洋のハイブリッド染色論
これまでの伝統芸術の概念と異なる新しい価値を創造する可能性を探るには、伝統工芸とは別の切り口で、作品の技術と表現内容を昇華させる必要があると考える。その可能性は、日本人のアイデンティティーでもある伝統技法にある。江戸時代に発祥した日本独自の糸目友禅染は、世界における類を見ない資源と確信している。伝統を乗り越え、時代を超えた革新的なモノを生み出すには、過去の歴史的要素と文脈を柔軟に取り込み、伝統技法を継承しながらも、今を見つめた創造を行う必要がある。こうした理論と実践による作品で、欧米のアートワールドに挑戦することを通して、国際社会でこれからの日本の伝統文化発展に貢献できると考えるのである。