logo
logo
logo
 
 

森田 早織

MORITA saori

保存修復(日本画)研究領域

審査委員
● 荒井 経(文化財保存准教授)、○ 有賀 祥隆(文化財保存客員教授)、◎ 宮廻 正明(文化財保存教授)、
藪内 佐斗司(文化財保存教授)、染谷 理香(非常勤講師)


1983年 東京都生まれ
2009年 武蔵野美術大学造形学部日本画科卒業
2011年 東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画研究室修了
2011年 東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画研究室博士後期課程入学

主な個展
2011年 「森田早織展“月灯り”」GALLERY SHOREWOOD(東京)
主な団体展、公募展
2010年 「春の院展」初入選 日本橋三越本店(東京)
2011年 「再興院展」初入選 日本橋三越本店(東京)
2011年 「有芽の会」池袋西武本店 西武アート・フォーラム(東京)
2012年 「春の院展」入選 日本橋三越本店(東京)
2012年 「新樹会」日本橋三越本店(東京)
2012年 「有芽の会」池袋西武本店 西武アート・フォーラム(東京)
主な受賞
2011年 修了制作展「重要文化財『愛染明王像』細見美術館蔵の現状模写及び装潢」東京芸術大学買い上げ賞受賞
主な研究発表
2013年 「絹本著色古典絵画の模写制作における基底材に関する研究−在来製糸製織絵絹をもとにした描画実験をとおして−」文化財保存修復学会第35回大会(勝山織物(株)絹織製作研究所 志村明氏 秋山賀子氏との共同研究)
主な研究活動
2012年 「画絹が表現技法に及ぼす影響についての研究-青蓮院所蔵国宝『不動明王二童子像』再現模写をとおして-」公益財団法人芳泉文化財団研究助成


青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の表現技法に関する研究

造形表現と技法材料の関連性について

青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 2013年

青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 2013年


京都・青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」は、天台の安然(841〜915?)が創出した観想法「不動十九相観」を忠実に造形化した最古の彩色画像であると示唆される。また絵画様式においても、流麗な線描や鮮やかな彩色技法が用いられ、賦彩を中心とした平安仏教絵画の中でも秀逸とされる。本研究では、「不動十九観」の経軌に基づいた初期彩色画像である点に着目し、青蓮院本の作意工程と当初の視覚効果について、実技的知見から検証を行う事を目的とした。
不動明王は、平安時代9世紀はじめに空海らによって唐から日本へ図像が請来され、現在までにも多くの人々に親しまれ根強く信仰されてきた。尊像は彫刻や平面画としても盛んに造像され、今日においても数多く現存している。その中でも三大不動画の一つとして、園城寺の「金色不動明王像」(通称、黄不動)、高野山明王院の「不動明王二童子像」(通称、赤不動)と共に取り上げられるのが、本研究の対象作品となる青蓮院本(通称、青不動)である。
先学によれば、青蓮院本の像容や身色、その他細部の造形に亘っては、観想法「不動十九相観」や不動法に忠実に従い造形化されていると示唆される。密教における観相とは、諸修法の根幹をなす最も重要な修行法であり、その中で本尊画は礼拝の対象であると同時に、観者(修行者)の導き手としての役割を担う重要な要素である。この事から青蓮院本の制作においては、制作者側が図像や教典、修法に深く精通している可能性が指摘されている。
一方、青蓮院本に用いられた絵画様式においては、その流麗な線描や賦彩を中心とした鮮やかな彩色による表現技法が用いられている。このような表現様式は、12世紀後期院政期仏教絵画のような工芸的な表現様式に至る以前の、11世紀仏教絵画に見られる。また、迦楼羅(かるら)を模しながらも焔の自然な表情をとらえた火焔光背や、複雑な装身具など、青蓮院本における個々のモチーフは他に類を見ない表現であり、その造形力と技法は秀逸であるといえよう。以上の点から筆者は、教典や修法に精通した制作者側が改な図像を制作するにあたり、図様及び造形部分のみを経軌に従っただけでなく、技法や表現においても宗教的な視覚効果を考慮したと考えた。
しかし、現在本図は経年による色料の変色や過去の修理による裏箔・裏彩色の欠失などにより、描かれた当初の尊容表現から変化している部分も少なくない。また本図は所蔵者である青蓮院門跡に伝承され厳重に保管されてきた為、科学分析調査や詳しい技法材料、制作工程に関する詳細な調査研究は多く行われていない。その為、使用された材料や技法、制作工程など要所要所に不明な点が残されている。特に、最も重要である本尊肉身部分の色調と裏箔部分は、当初の姿から大きく変化している為、青蓮院本に用いられた材料及び技法を推定し、実技検証にて解明を行う必要性があると考えた。
そこで本研究では、青蓮院本の造形表現における様式及び技法的な特徴を明らかにする為に、本図に用いられた技法解明をとおして当初の像容の想定復元模写を試みた。青蓮院本における造形表現に関する先行研究を踏まえ、過去の調査で残された高精細画像や科学的画像資料から、材料と技法手順を推測した。また、熟覧調査で得た色調及び色料の質感や、高精細カメラ撮影で得た顔料粒子及び基底材の織組成画像などを基に、青蓮院本に用いられた材料と表現技法について実技検証を行った。また、本図は厳重に保管されていた事により保存状態は比較的良好であり、同時代周辺の作品ではほとんど残っていない絵絹の継ぎ糸や色料等が現在でも観察する事ができた。このような要素は、当時の材料準備や制作工程部分を考察するにあたり有効な情報である。以上の考察を基に、在来技術を用いた基底材の製作をはじめとし、絹の縫合方法や制作工程、彩色構造の技法検証を行った。
結果、調査及び実技検証を行う事で青蓮院本に用いられた材料の質を把握すると共に、表現技法と材料の関連性が明らかとなった。青蓮院本に用いられた材料は上質であり、基底材は均整のとれた繊細な絵絹で、色料は不純物が少なく精製されている事が確認された。本尊の肉身に使われている群青の色調や、火焔光背の色料、裏金箔と彩色の合わせ構造などは、各色料の性質を十分理解して光を効果的に反映する配置であると考えられた。また想定復元模写制作し提示する事で、これまで不明瞭であった緻密で華やかな装飾や文様を復元する事が出来た。この事から、観想像としてイメージを導き出す工夫が凝らされ、また礼拝画像として迫力と荘厳性の高い本尊である事が明らかとなった。以上のように実技的見地から検証することで、青蓮院本が不動「十九観」の儀軌に従えた造形であるという見解に加えて、観想としての視覚効果をも考慮した表現技法であることか明らかとなり、青蓮院本の表現技法における特異性として提示できると考えられる。

青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 面貌部分 2013年

青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 面貌部分 2013年

青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 部分 2013年 青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 部分 2013年 青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 部分 2013年

青蓮院所蔵国宝「不動明王二童子像」の復元模写 部分 2013年