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鈴木 伸子

SUZUKI Nobuko

芸術学研究領域(西洋美術史)

審査委員
● 田邊 幹之助(芸術学科教授)、越川 倫明(芸術学科教授)、薩摩 雅登(大学美術館教授)、佐藤 直樹(芸術学科准教授)


東京生まれ
2005年 東京藝術大学美術学部芸術学科卒業
2007年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程芸術学科修了

2006年 ユー国際文化交流支援基金
2007年 平山郁夫奨学金
2007-2009年 公益信託松尾金藏記念奨学基金
2010年 財団法人髙梨学術奨励基金
2011年 鹿島美術財団「美術に関する調査研究の助成」
2013年 鹿島美術財団優秀賞


ロベール・カンパン研究

周辺作品および15世紀から16世紀前半のネーデルラント絵画における受容の問題を中心として

19世紀前半、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(ca. 1399/1400-1464)に関連づけられた作品群とは異なる特質を示すがゆえに逸脱するグループが形成された。「フレマールの画家」とは同グループの作者として措定された名称であるが、後にこの画家はロヒールの師であるロベール・カンパン(ca. 1375-1444)と同定されることで、同グループの作品の制作年代等もほぼ推定可能となった。留意すべきは、三点の板絵からなる「フレマール・パネル」(フランクフルト、シュテーデル美術館)等の基準作品を除いて、カンパンに関連づけられた作品の多くは工房、周辺画家の間で帰属が揺れ動いてきた点である。こうした作品群は、1990年代の科学的調査以降、シャトレ(1996)、ケンパーディック(1997)、テュルレマン(2002)のモノグラフや近年開催された展覧会において、弟子のロヒールやジャック・ダレ(ca. 1400-after 1468)、あるいは、作品の図像に基づく仮称の画家に帰属されてきた。しかしながら、画家の手を峻別する指標を確立することは困難であり、科学的調査に基づく帰属の解明も限界を迎えている。むしろ帰属研究に拘泥することによって画家の美術史的な成果に立ち入ることが出来なくなるのではないか。そこで本論は、基準作品に含まれてこなかったカンパンの後期作品、工房作品を含む周辺作品、追随作品を分析し、15世紀から16世紀前半のネーデルラント絵画におけるカンパンの新たな位置づけを試みるものである。
第一章では先行研究を概観する。19世紀のパッサヴァンの初期研究から、ペヒト(1933、1989、1994)、パノフスキー(1953)等の様式研究、キャンベル(1976、1981)等の南ネーデルラントの絵画市場や工房の研究、ファン・アスペレン・デ・ブール等の1990年代の科学的調査を経て、近年のモノグラフと展覧会に至るまでの研究動向を辿る。
第二章ではカンパンの後期作品を再考する。後期作品はロヒールとの類似性ゆえにパノフスキー等に否定的な評価を下されてきたが、近年の議論はこうした評価に追随し、後期作品をロヒールの初期作品あるいはロヒール工房に帰属し、カンパンの周辺作品と見做す傾向にある。しかし主たる論拠はモティーフの比較や下描きの様式分析に留まり総合的な考察は十分にはなされていない。そこでカンパンの初期、中期作品とロヒールの初期作品の造形的性格を把握した上で、カンパンの後期作品にして帰属の議論が集中する《ヴェルル祭壇画》(マドリード、プラド美術館)と《太陽の聖母子》(エクス=アン=プロヴァンス、グラネ美術館)等を取り上げる。後期作品が中期までに培った造形を把持しつつ、ロヒールやヤン・ファン・エイク(ca. 1390-1400/1441)の造形を摂取することで新たな絵画空間を構成すると同時に、先行作例とは一線を画する図像を形成していることを確認し、後期作品を再評価し得る可能性を提示する。
続く第三章ではカンパンの原作が残された周辺作品を追う。基準作品である《メロード祭壇画》(ニューヨーク、メトロポリタン美術館クロイスターズ分館)、さらに「フレマール・パネル」の《聖三位一体(父なる神のピエタ/恩寵の御座)》を指標として関連づけられる作品群を検討する。図像と造形、機能を確認し、周辺作品において原作がどのように受容されたのかを具体的に見てゆく。
第四章ではカンパンの原作が残されていない周辺作品に目を向ける。周辺作品の中でも質量とヴァリエーションに富んだ、「聖母の婚約」、「聖グレゴリウスのミサ」、「聖母子を描く聖ルカ」、「マギの礼拝」を対象とし、関連づけられる作品群を検討する。作品に見られる様式や傾向に加えて、失われたカンパンの原型と周辺作品の関係を分析し、図像の展開と様式の波及を明らかにする。以上の考察を踏まえて最後に、周辺作品と追随作品が15世紀末から16世紀前半に多数制作されていることに着目し、ネーデルラント絵画における擬古主義の動向においてカンパンの作品が担った役割とその意義を浮かび上がらせることによって結びとする。
このように本論では、近年の帰属問題に偏向したカンパン研究に対する問題意識から出発し、主として周辺作品、追随作品を分析の対象として、15世紀から16世紀前半のネーデルラント絵画までを視野に収め、ネーデルラント絵画における画家の位置を明らかにする。カンパンの原型は周辺作品と追随作品に繰り返され多様に描かれた。イタリア絵画と拮抗したネーデルラント絵画の伝統への回顧現象のなかでカンパンの造形と図像が重要な位置を占めたのではないだろうか。