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趙 琰

ZHAO Yan

デザイン研究領域

審査委員
● 橋本 和幸(デザイン科准教授)、○ 藤崎 圭一郎(デザイン科准教授)、◎ 清水 泰博(デザイン科教授)、
尾登 誠一(デザイン科教授)、長濱 雅彦(デザイン科准教授)


1977年 中国遼寧省生まれ
2000年 中国魯迅美術学院環境芸術設計専攻卒業
2005年 多摩美術大学大学院デザイン科環境デザイン領域博士前期課程修了



《陋室・茗(ろうしつ・めい)》 ダンボール、毛糸 2013年 博士審査展での展示風景

《陋室・茗(ろうしつ・めい)》 ダンボール、毛糸 2013年 博士審査展での展示風景

左上:茶室の外観 / 左下:茶室内部 / 右:幻想的かつ神秘的な空間

左上:茶室の外観 / 左下:茶室内部 / 右:幻想的かつ神秘的な空間


非日常性を演出する茶空間の研究

本研究は、現代社会において特に都市居住者が日常生活のスピードに追われてストレスが溜まっている現状に対して、茶空間を創出することによって改善を試みるための提案である。人々は忙しい仕事の後、日常生活に離れて少し休み、落ち着きリラックスできる空間を求める。本論文では、物質的な豊かさのみならず、精神的な豊かさの向上も指向する空間デザインの具体的事例を示す。どのような空間の中においてリラックスし、仕事などで疲れ切った精神を回復できるのか、あるいは過剰な欲望を抑え、心を落ち着く生活を送ることができるのか。そうした問題を追求していく。
筆者は現代の人々にとって、非日常的な茶空間が精神的に豊かな空間であると考える。言い換えると、茶空間は心を癒す象徴的な空間であり、精神的に豊かな空間であり、文化を育む重要な場である。
茶と人の生活には深い関わりがある。唐代の文人、陸羽はその著書『茶経』において「茶者、南方之嘉木也」と記した。茶は元々薬用として人々に知られていたが、次第に清雅な飲み物として、皇室、貴族、僧侶、文人、庶民まで広まった。現在では大衆に愛され、日常生活の中で欠かせないものとして存在している。
茶は長い歴史を持ち、飲料として愛される一方で、深い精神性を有するものでもある。茶は媒体として、儒家の「中(ちゅう)庸(よう)」と「仁(じん)礼(れい)」、仏教の「禅」、道家の「天人合一(てんじんごういつ)」思想を反映している。茶は「調和」、「静寂」の象徴として実用範囲を超え、人々の精神生活に入ったのである。明代の「茶寮」はこの代表的な非日常茶空間である。茶寮で茶を味わうことは、高雅な行いで、自然との対話の一種とされ、人間と自然との共生を象徴する行為とされた。
日本の茶文化は中国から伝来したものだが、侘び茶を生み、独自の茶室文化と美意識を確立した。千利休が作り出した「待庵」は極めて狭い空間の中に、緊張感と豊かな広がりが創出することで非日常に至る日本の茶空間の代表作である。「和(わ)敬(けい)清(せい)寂(じゃく)」や「一(いち)期(ご)一(いち)会(え)」は茶の精神である。日本の「茶の湯」は五感を駆使する生活の中の芸術である。
中国の文士茶も日本の侘び茶もともに精神性を重視し、質素な環境で清雅脱俗を求め、自然との交流を大切にしようと指向した。これは東洋茶文化の特徴といえる。茶を飲むことは、単なる喉を潤わせる行為ではなく、精神文化の一つの顕れになっているのである。
茶を巡る精神的な豊かさは、茶道具や家具や空間などにも顕現している。茶を楽しむ空間を構成する色彩・素材・形態・文様は非日常性を演出する。庭を含めたそうした茶空間の中で、外の風景を眺めながら、茶を喫することは、環境と主体を一体化させ、現実世界を忘れさせる最高の精神的な贅沢といえるものである。こうした空間の創出は、現代の人々にとって非常に大切なことと考える。
筆者が提案する茶空間は、日々の生活の中で仕事の打ち合わせをしたり一人でリラックスするために喫茶店やカフェや茶館に行く行為とは違い、同時に精神性を高めるために完全に非日常を非常に巧妙に演出された茶室や茶寮とも違う。脱日常ともいうべき、即ち、日常の中にある非日常、また非日常より日常に近い融合な空間である。
筆者は中国と日本の茶文化の歴史と茶空間に関する資料の調査・整理し、それらを比較・分析した結果から、現代にあった方法論を導き出し、非日常性をどのように現代生活に導入するかについて研究を行った。
筆者は茶空間のスタディーを通し、最初に住宅内の茶空間や中国の伝統的な床榻(しょうとう)からインスピレーションされるようなデザインを家具化する空間演出を試みた。しかしながら、その茶空間の家具化の試みは既成の概念から離れることができずに非日常性のやや欠けた物足りない空間となってしまった。そこで今回の博士審査展出品作は、独創的かつ非日常性を顕在化させる空間を作るために、安価なダンボールと毛糸という素材を使った実験的な空間を作り出すことを試みた。ダンボールを使用することで、既成の窓や建具とは一線を画した造形が追求でき、ダンボールの穴ごしに光やシルエットや所作が透過する幻想的かつ神秘的な空間演出ができることを実作によって明示した。
茶空間の非日常性を演出する要素の一つは、光による空間の濃淡変化ではないかと考える。中国の伝統的な花窓や格扇門と、日本の障子や下地窓は、ともに外と内をつなぐ建築的要素であるが、中国の花窓は輪郭が明らかでコントラストが強いのに対して、日本の障子は繊細な質感で、微妙な明暗変化がある。筆者はこのふたつの特徴を融合し、新たな透過壁をダンボールによって作り出した。光と影が織りなす濃淡変化が内と外の空間を繋げるこの非日常性の演出は、本作の中核をなすものである。
現代社会の茶空間は、組み立て型の家具の仕組みを導入することで、可動性が高いものとなり、同時に様々な素材を採用することで、今までにはない新たな形態や表情が与えられてしかるべきである。そうした理由から、筆者はこうした非日常性を演出する現代の茶空間の提案は、過去を継承・発展し、新たな茶文化を築き上げる意味でとても深いと考える。