審査委員
● 松下 計(デザイン科准教授)、○ 藤崎 圭一郎(デザイン科准教授)、◎ 河北 秀也(デザイン科教授)
1982年 神奈川県生まれ
2008年 東京藝術大学美術学部デザイン科卒業
2010年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻修了
主な個展
2012年 「SORA展」(東京)
主なグループ展
2008年 「Möglichkeit」Roentgenwerke AG(東京)
主な受賞
2012年 D&AD Yellow Pencil Digital Design / Websites
2012年 グッドデザイン賞
左 : form of nature - 会場風景 / 右 : form of nature - ユーザーインターフェース
01 / form of nature - shell 01
左 : form of nature - snow 01 / 中 : form of nature - snow 02 / 右 : form of nature - snow 03
左 : form of nature - shell 01 / 中 : form of nature - shell 02 / 右 : form of nature - shell 03
近年情報を視覚的に伝達する視覚伝達デザインの重要性が高まっている。情報技術の発達により我々を取り巻く環境は大きく変化した。現代に生きる我々は人類史上類を見ないほどの量の情報と日々接している。人々をとりまく情報環境は飛躍的に高度になり、膨大な情報がいつでもどこにいてもアクセス可能な状態にある。伝達メディアは高度に発展し、多様な視覚表現が可能になり、またインターネットの普及により誰もが発信者になる事を可能にした。これらの状況は膨大な情報を世に流通させ、一種の情報の混乱ともいえる状況を招いている。
社会の営みの中で「伝える」という行為は欠かせない。人間が情報を知覚する感覚器官のうち視覚の役割が最も大きい。太古より人間は洞窟壁画にはじまり現代のデジタルメディアに至るまで、さまざまな媒体と表現を駆使して視覚的な情報の伝達を試みてきた。これらの歴史を振り返ると、意味の伝達の側面だけではなく、視覚が直接的・直感的に働きかける性能によって伝達される要素の重要性を無視する事は出来ない。しかし現代の視覚伝達デザインの文脈においては、情報を効果的に伝達するためにはいかに正確にそして速く伝達できるかを重視する傾向がある。情報を正確に伝達する事に重点を置くと、客観的・理性的な要素が重視され、主観的・感性的な要素は前者の補助となる。
技術の進歩により視覚伝達デザインの役割は拡大し、また新たな表現の可能性が生まれている。本来、視覚伝達デザインは理性に働きかける伝達と、感性に働きかける伝達の総体として行われるものである。しかし情報環境の高度化や、意味内容の伝達を中心に据える拙速なコミュニケーションの発展は我々の理解から実感を失わせ、情報の伝達を無機的なプロセスへと変えてしまう。紙という媒体一つをとっても、人類は長い歴史の中でさまざまな加工を加え、表現を吟味して、豊かな視覚伝達手法を生み出してきた。多様な視覚表現が可能になった現代においては、既存の手法とは異なった視覚伝達デザインのもつ視覚ならではの有用性を活かした新たな視覚伝達デザイン手法の開発が求められている。
本研究の目的は、視覚伝達デザイン持つ有用性を分析・拡張して、映像表現によって直感的な知識の伝達・理解を促すデザイン手法の開発を試みる事である。
人間は視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五感や平衡感覚・筋運動感覚等の感覚を経由する事でしか外部の情報を知覚する事ができない。我々は日々無数の情報と接しているが、意味が直接頭の中に飛び込んでくるという事はあり得ない。概念はまず、感性によって知覚される必要がある。視覚伝達デザインは本質的に、概念に視覚的なかたちを与える作業であり、概念をもう一度感性に作用する状態へと変換する事である。
現在、視覚伝達デザインの領域は拡大し、グラフィックデザイン・映像表現・ユーザーインターフェースデザイン、インフォグラフィック、データビジュアリゼーションなどを包含している。グラフィックデザイン等の歴史において培われてきた視覚表現の美学と、現代の技術との融合により、静的・動的や一方向・双方向等といった軸に沿って多様な視覚表現が繰り広げられている。特にインフォグラフィックやデータビジュアリゼーションは知識を視覚的に伝達することを積極的に試みており、近年成果をあげている。しかしこれらの多くは、膨大な量のデータや、複雑な知識を説明するために視覚表現を補助として用いている。これらの視覚伝達デザインを分析し、そこからさらに視覚ならでは可能な新たな表現を開発する必要がある。
視覚伝達デザインは言語的な要素と非言語的な要素の双方を統合して伝達を行う。非言語的な表現は意味内容を明確に示す言語に対して多義的であり、正確な伝達が重視される場合ではその有用性は軽視されがちであるが、言語や理論などの共通のコードを持たない場合に有効である。言語の性能は文節的であり、非言語的にしか表現できないものや、言語的に表現すると必要以上に多くのコストがかかるものが多く存在する。また多義性を排し一義的に意味内容のみを伝達する場合には、受け手は受動的に意味内容を受け取るしかないが、多義的な表現には解釈に余白が残されており、受け手の能動性を促す事が可能である。
知識の伝達のためには概念を伝達すると共に、受け手の実感を伴った理解である事が必要である。非言語的な要素による多義性を含んだ伝達は、理解と不理解の中間ともいえる感覚的な理解を与え、言語的な伝達と相互に作用し、より深い理解を促す事ができる。速度と正確さが重視される現代の伝達のプロセスでは性急な理解を求めるが、本来視覚がもつ有用性を活用することで、実感を伴った理解を促す新しい視覚伝達デザインの手法が可能である。
本研究の題目である「grasphic」はgrasp(把握、納得、つかむ、とらえる)とgraphic(視覚表現)をかけあわせた造語である。知識の理解には、概念と感覚とを統合して理解することが必要である。「grasphic」は視覚表現の有用性を活用し、概念に触れるように、実感を伴った 知識の理解を促すためのデザイン手法を指している。本研究では視覚伝達デザインの分析から得られた知見を映像表現のデザインプロセスに取り入れデザインスタディを行い、完全に非言語な手法を用いて科学的な知識の伝達を試みた映像作品《form of nature》によって「grasphic」を実践する。