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益子 悠紀

MASHIKO Yuki

芸術学研究領域

審査委員
● 布施 英利(美術解剖学准教授)、河北 秀也(デザイン科教授)、松尾 大(芸術学科教授)、川瀬 智之(芸術学科准教授)



児童のための「動きのある人体の描き方」に関する美術解剖学的研究

本論は児童のための美術教育をテーマとしたものである。なかでも、人体の動きをどのように絵に表現するのか、実際に自らの身体を動かして観察することを通して児童に学ばせることを目的としている。最終的には筆者の提案するワークショップ「動きのある人体を描くためのワークショップ」を実際に展開し、成果を獲得している。本ワークショップでは、いわゆる一般的な美術教育で問われる絵の上手さや完成度は求めてはおらず、児童が対象を正確に知り、そしてそこで知った知識をどのように絵に表現するか、以上のことを自分の頭で考えることが重要であると考えている。ハーバート・リードも言うように、本来、美術教育は美術に関することだけを学ぶためのものであるべきではなく、美術を通して様々なことを学ぶ機会であるべきであると筆者は考えている。
本論の構成は以下のようになっている。
はじめに、戦後から現在まで続く美術教育について触れ、現在の図画工作教育における理想と、実際の状況、そして問題点を挙げている。ただでさえ少なかった図画工作に割かれる授業時間がさらに減少していること、教師間における美術経験の差が大きくあること、美術における「自由」という言葉の履き違え、といった諸問題である。また、こういった美術教育における問題への対策として考え出され、一般に流布している描画法である「酒井式描画法」を挙げる。しかし、この「酒井式描画法」にも実は欠点が多い。本ワークショップはこういった状況を改善する目的として考案されている。
次に、本ワークショップの中心的なテーマである「動きのある身体」そのものについての先行研究について述べる。西田正秋「人体美学の諸問題」とPaul Richer「DE LA FIGURATION ARTISTIQUE DE LA COURSE(走行の芸術的形象)」などがそれである。そしてさらに、「動きのある身体」の好例としてオリンピックなどにおいても使用されているピクトグラムについて触れている。西田の論文は藝術論としても非常に優れているだけではなく、児童教育にも通ずる普遍性を持っているため、本ワークショップにおいてもその一部を児童に通じる形で応用した。ピクトグラムは、人体を極端に抽象化させながらも極めて良く動きを表現出来ていることから、絵の技術のない児童でも動きを簡単に描ける可能性があることを示唆するものとして重要である。
次に、人体の関節、人体における可動関節の所在と可動域、人体における重心とその移動について詳細に述べている。実際に児童に指導をする際には、時間的な制限や難易度といった様々な理由から、あまりに細かな説明は不可能ではあるが、児童に指導をする前提として知っておくべき知識として詳述をしている。
以上の内容を踏まえ、筆者は「動きのある人体を描くためのワークショップ」を提案、実践をし、考察を進めた。
「動きのある人体を描くためのワークショップ」の内容は以下のようになっている。
まず、ワークショップ前に児童に「動きのある人体」というテーマで絵を描いてきてもらう。この絵はワークショップを受講し終えたあとに再確認することで、どれほど自分が変化、成長したかを知るために有効な資料となる。ワークショップの最初の段階では、まず児童に自らの身体を実際に動かしてもらい、該当する関節について指導者が解説をする。この一連の内容を通して児童に関節について学んでもらう。続いて、筆者が描いた二枚の絵(一つは動きのある人体。もう一つは同じ動きだがより大きな動きのある人体。)を比較し、強く動きが感じられるのはどちらか、そしてその理由について質疑応答をする。二枚の絵の一方が、なぜより動きがあるように見えるのか、先に学んだ知識を元に各々が考えることを目的としている。上記のことを学んだ上で、児童には事前に描いてきてもらった絵と同内容の絵を再び描いてもらう。
ワークショップで知識を得ることや、それを描画に活かすことはもちろん重要ではあるが、それと同様に児童が自分の頭で考えることを重要視し、ワークショップの時間の最後にはワークシートを児童に配り、ワークショップについて思ったことや、ワークショップを通して学び気付いたことなどについて記してもらっている。
ワークショップを受講した児童のほとんどはその前後で絵が変わる。本論では児童がワークショップの前後に描いた絵を両方とも掲載し比較をすることで、その点について考察をしている。ほぼ全ての児童が関節の所在を意識し始めるというポイントをクリアし、そのほかの点、例えば重心の傾きを意識するようになった、より動的なポーズを選定できるようになった、などといった点において児童間に個性が見られた。またワークシートにおけるコメントについても触れ、絵という結果だけではなく、その過程において児童がどう考えていたのかについて考察をしている。