logo
logo
logo
 
 

水永 阿里紗

MIZUNAGA Alisa

油画(壁画)研究領域

審査委員
● 工藤 晴也(油画科教授)、 ○ 田邊 幹之助(芸術学教授)、◎ 坂口 寛敏(油画科教授)、
橋本 明夫(工芸科教授)、鶴身 吉朝(焼絵付けガラス美術研究所 TAO Art Glass 主宰)


1984年 広島県福山市生まれ
2009年 東京芸術大学 美術学部 絵画科 油画専攻 卒業
2011年 同大学 大学院美術研究科 絵画専攻 壁画分野 修了
2013年 同大学 大学院美術研究科 博士後期課程 美術専攻 油画(壁画)研究領域 修了

主な受賞
2007年 安宅賞 2007年 第2回 藝大アートプラザ大賞展 入選
2011年 第6回 佐野ルネッサンス鋳金展 大賞
2011年 第6回 藝大アートプラザ大賞展 入選
主な展示
2009年 個展 Space/Annex Gallery (人形町)
2012年 「イモノの景色」展 東京芸術大学 陳列館
2013年 個展「ステンドグラスの世界」展 三良坂平和美術館(広島県三次市)
ヒアノ&ステントクラス 共演発表
2012年 「シューマン カーニバルOp9 Vol.1」 岡山県立美術館ホール
2013年 「シューマン カーニバルOp9 Vol.2」 音♪cafe STREAZZ(広島県福山市)
2013年 「シューマン カーニバルOp9 Vol.3」 三良坂平和美術館 (広島県三次市)



共鳴する素材——ステンドグラスと鋳物による空間の創造

「大雨」 2013  ステンドグラス、アルミニウム

「大雨」 2013 ステンドグラス、アルミニウム

作品「大雨」は、ステンドグラスと鋳物という技法素材を用い、大学美術館3階テラスの空間に、雨の情景を創造したものである。私は、作品を設置する空間の観察をとりわけ重視する。その理由は、次の3つである。第1に、私が表現方法とするステンドグラス及び鋳物の素材は、作品を取り巻く環境と関わり合って成立するものであるから。第2に、2つの独特な技法素材を共鳴させる為に、空間を取り込んだ表現が必要であること。第3に、専門分野である「壁画」は空間と密接な表現世界であるという思考の基盤を、私が持っているから、である。実際に、作品「大雨」において私は、透過する風景、自然光の様子、空間の印象や特性を観察し、作品に反映させることで、「美術館3階テラス」でしか実現し得ない、ステンドグラスと鋳物による空間の創造を目指した。
人生がそうであるように、作品制作は思わぬ出会いによって、予想もしなかった展開をみせる。ステンドグラスと鋳物による表現形態は、「鋳造」の世界との出会いをきっかけとした、制作意識の変容によって得られたものである。私の作品は、その原点を油絵に持つ。「油絵を極める」というベクトルは、偶然知った鋳造の世界によって、全く異なる方向を指すこととなった。力強い素材性や、炎の制作工程を持つ鋳造の世界は、私の感覚の根本へ多大な影響を与えた。私にとって、最初の鋳物制作体験は、素材への目覚 めであり、物質の追究の始まりを意味する。絵画へ求める素材性は、絵の具を物質的に用いた表現となり、石灰、大理石、ガラスといった強い素材を持つ壁画表現となり、最終的に、ガラスと金属で構成されたステンドグラスの表現となった。この様な絵画表現の変化は、常に鋳物表現と対応しながら生じたものである。鋳物への継続的な意識によって、タブローと鋳物、壁画素材と鋳物という、鋳物を媒体とした絵画表現の追究を行い、結果としてステンドグラスという世界に出会い、「ステンドグラスと鋳物」の表現形態に行き着いたのである。
この経緯によって得た2つの要素から「大雨」は構成される。モチーフである「雨」は、これまでの作品の中で繰り返し用いられたものだが、具体的なイメージは、全て美術館3階テラスの空間を起点に展開されている。例えば、左から右へと雨が次第に激しくなり行く時間の経過を含んだ表現は、左右水平方向へ広がる日本的な空間形態の特徴から生まれたものだ。透明ガラスの選択、モノトーンを基調とする絵付けは、テラスより展望出来る豊かな風景との調和を目指す意識による。アルミニウム製の鋳物の素材選択は、既存の空間が持つ色調、ステンドグラスを支えるアルミスレーム、透明ガラスとの調和、室内に射し込む光の具合といった、様々な要素から決定している。

「大雨」 2013  ステンドグラス、アルミニウム 「大雨」 2013  ステンドグラス、アルミニウム

「大雨」部分

結果的に、ステンドグラスを透過する光は、内部空間に雨の陰影を落とし、床に展開した鋳物の波紋の上へ、揺らぐ輝きを生んだ。また、波紋を追って視点を外へと移すと、外部に広がる風景に雨の情景が重なり、新たな光景を創り出した。更に、呼吸する様に移ろう天候や時間の移ろいが作品に加わって、2つの素材は共鳴し、美術館3階テラスは「大雨」の情景へと再構成されたのである。実際に雨が降った時、想像を越える激しい雨音や、強風で揺らぐ木々など、大規模なエネルギーが予期せぬ情景をつくり、日常では感じ得ない感覚が刺激されて、静かな興奮を覚える様に、作品「大雨」も、私の予想や期待を越える様々な表情を見せた。例えば、テラス左手の黄色く紅葉したイチョウの樹は、ガラスに移り込んで作品を黄色く染めていた。その様子は、右手のステンドグラス上部、雲の表現の中で、部分的にシルヴァーステインによって黄色く染められたガラスと、見事な調和を見せてくれた。また、ステンドグラス手前と奥に配される鋳物の波 紋は、降り注ぐ自然光の効果によって、手前の波紋がガラスに映り込み、奥の波紋と重なって、複雑な情景を生み出した。
作品「大雨」は、9日間の博士審査展で展示された。「大雨」のある美術館3階テラスを訪れる人々の反応を観察する中で、予想していなかったことがある。それは多くの人々が、作品「大雨」を、元々美術館に設置された作品として、認識したことだった。「展示作品だと気付かれない」ことは、作者としては認めがたい事実、と捉えられるかもしれない。しかし私は、人々のこの様な反応は「この作品が成功した証拠」であると確信する。それは一重に、ステンドグラスと鋳物による作品のみが主張するのではなく、ステンドグラスと鋳物が、外の風景、内部の空間と共鳴し、新たな世界を創造することこそ、 私が目指したことだからである。

「大雨」

「大雨」