想像する生き物“人”が生み出す正体不明の仮想現実
中井 章人
人がもつ際限なき好奇心と科学の剣は、この世のあらゆる事象を見極め、切り捨て、カテゴライズしていく。 “現実”と呼ばれる含みのない硬質なリアリティは、この世の謎や不可思議をことごとく取り払い、想像の余地を奪い去っていく。その姿は私を酷く落胆させ、息苦しくさせる。そして、幼少期に夢見たファンタジーな世界やヒーローといった空想でさえも、退屈な現実に塗り潰されるがごとく色褪せてしまう。しかし、人は、想像する生き物である。想像という名の絵具を用いて退屈な現実を次々と被覆していく。今や、ゲーム、漫画、ライトノベルなどの創作物は、日本を代表するカルチャーとして広く知られる存在となりつつあるが、これらは退屈な現実世界から逃避するために作られた架空の理想郷としての役割を果たしている。想像によって生み出された創作物や仮想現実に親しみをもち、“インターネットと現実の世界を対立するものとしては区別しない世代”とされるデジタルネイティブの人々。本論では〈デジタルネイティブ〉と呼ばれる世代区分をベースに、より狭義な区分として〈ゲームネイティブ〉を設定した。現実と非現実の間をシームレスに行き来する彼らは、非現実世界のキャラクターに自己を投射し、現実と距離をとることで現実世界への不満を解消する。その姿はまるで、退屈な現実という疾病を治癒させようとしているかのようだ。
本論では、想像の源や原理に触れながら、それが現実世界に及ぼす影響と作品に与える効力について考察した。古来より人々は、想像により、沢山の物語を生み出してきた。たとえば、夜空に散りばめられた無数の星々の並びから、神々や動物などの姿を想像し、「星座」という見立ての図像を結晶させていった。こうした見立ての創作物は「神話」「伝承」として広まり、人が現実の星々を眼差す際にはそれらのイメージがまとわりつくこととなる。そして、人の記憶でさえも、様々な心理作用によってそのイメージは美化され、脳内で再編される。このように、記憶や想像は人の心理に即して変化し、歪められ、ときに現実を凌駕する魅力を放つ。また、想像を歪める要因の一つであるレッテルは、純白の百合によって「純粋」を意味する花言葉が想起されるように、人の想像を誘導する強いバイアスとして作用する。一方で、特定のイメージを持たない不確かなフレーズは、人それぞれの想像の枝葉を広げる作用を持つ。本論文中に登場する、“存在しなかった物語や、存在するかもしれない出来事”、“ありもしなかった現実や、存在しなかったあれこれ”は全て、こうした謎や曖昧さをきっかけとして発現した想像という名の創作的観測術である。
これらは、“想像という名の絵具を用いて人の脳内に絵を描くことは可能か”という問いかけに対する答えを求める試みであった。人は誰もが絵を描く。想像の、理想の、忌むべき、待ち望んだ、それぞれの絵を描くのだ。それも心の中で、脳の中で。
本論は絵画論である。ただし、表層的な具象絵画論ではない。絵画として描かれた大樹はときに人であり、食物であり、未知のあるいは既知の大樹でなければならない。“描き手と受け手の想像によって結ばれた正体不明の図像”、それこそが理想の完全結晶であると確信している。
本論では、想像の源や原理に触れながら、それが現実世界に及ぼす影響と作品に与える効力について考察した。古来より人々は、想像により、沢山の物語を生み出してきた。たとえば、夜空に散りばめられた無数の星々の並びから、神々や動物などの姿を想像し、「星座」という見立ての図像を結晶させていった。こうした見立ての創作物は「神話」「伝承」として広まり、人が現実の星々を眼差す際にはそれらのイメージがまとわりつくこととなる。そして、人の記憶でさえも、様々な心理作用によってそのイメージは美化され、脳内で再編される。このように、記憶や想像は人の心理に即して変化し、歪められ、ときに現実を凌駕する魅力を放つ。また、想像を歪める要因の一つであるレッテルは、純白の百合によって「純粋」を意味する花言葉が想起されるように、人の想像を誘導する強いバイアスとして作用する。一方で、特定のイメージを持たない不確かなフレーズは、人それぞれの想像の枝葉を広げる作用を持つ。本論文中に登場する、“存在しなかった物語や、存在するかもしれない出来事”、“ありもしなかった現実や、存在しなかったあれこれ”は全て、こうした謎や曖昧さをきっかけとして発現した想像という名の創作的観測術である。
これらは、“想像という名の絵具を用いて人の脳内に絵を描くことは可能か”という問いかけに対する答えを求める試みであった。人は誰もが絵を描く。想像の、理想の、忌むべき、待ち望んだ、それぞれの絵を描くのだ。それも心の中で、脳の中で。
本論は絵画論である。ただし、表層的な具象絵画論ではない。絵画として描かれた大樹はときに人であり、食物であり、未知のあるいは既知の大樹でなければならない。“描き手と受け手の想像によって結ばれた正体不明の図像”、それこそが理想の完全結晶であると確信している。
- 審査委員
- 坂田哲也 佐藤道信 工藤晴也 秋本貴透 斉藤芽生
想像する生き物“人”が生み出す正体不明の仮想現実
Oil Painting