建築理論|Architectural Theory

隣り合うマチエール
山口 誠 | Yamaguchi Makoto

審査委員:光井 渉 長谷川 香 中山 英之 小柏 典華

隣り合うマチエール

MONOSPINAL 外構

MONOSPINAL 全景
 MONOSPINALは東京に本社を置くゲーム制作会社の本社ビルである。世界中のファンを魅了している最高レベルのクリエイションを、これからも生み出し、ゲーム制作の根幹を支え続ける場所となることを目的としている。斜壁によって外からは内側の様子を窺い知れず、建物の用途を情報として読み取ることもできない。一方、外構・内外装・備品などは、ゲーム作品の設定をメタファーとして取り込んでおり、この本社ビル自体がゲームでできているとも言える。
 用途が見えないのはいわゆる自然風景も同様である。また、小さいスケールの集合によって大きいサイズをつくることは自然物の作られ方や成長の仕方とも共通する。自然風景と同じつくりかた、用途という情報を発信しない沈黙するものとして、この町のあらたな風景として立ち現れている。
MONOSPINAL外構_東側
 タイルと自然石はダークグレーで、両者はまず色を共通部分とし、素材、形状、サイズを差とした「微差の並置となっている。タイルの一番外側に隣り合うのが拳大くらいの自然石で、その上部空間にはエキスパンションジョイントが可動するため、自然石はその可動範囲ではフラットに設置して衝突を避けるようにしてある。そこではフラットを共通部分として、タイルと石という素材の差が並置されている。
 そのさらに外側は同じ大きさではあるが、凸凹になるように自然石を立体的に設置している。意識してみないと分からない変化ではあるが、同じ大きさの自然石を用いて設置方法を変えている。
 道路境界で公共歩道を延長した範囲では凸凹した石をフラットにして目地を詰め、石のサイズも少し大きいものに変化させている。境界位置をその表面の凹凸とフラットの差で示している。目地を入れてフラットにしたのは、歩道としての機能を担保するためである。その自然石は同一種類の石であるため、グレーを共通部分として、フラットや凸凹といった納め方の違いが「微差の並置」となっている。
MONOSPINAL外構_南側
 松はメインエントランス正面に、ススキ(写真の左奥)がエントランスホール正面に植えてあり、いずれも主要部に位置する植栽である。松は仕立物の赤松とした。ススキは雑草なので、一般的にその二つが同格で並ぶことはないが、主要部に配置することで「鑑賞対象」となり、それを共通部分としている。仕立物の樹木と雑草という手入れにおける差を「微差の並置」とした。
 東面の東南角は石垣としていて、東南角になる部分が最も高く、そこから勾配をつけて徐々に下げたスロープ状としている。外側は一般的な石垣であるが、内側は三次曲面となる形状を三角形のポリゴンで分割していて構成している。その三角形にはやや大きめの自然石を用いて表面をフラットとした。石垣は全て同じ石種を用いてつくっているが、内側と外側で「大きい・小さい」「凸凹・フラット」の「微差の並置」がある。
MONOSPINAL外構_北側
 植栽は松、ススキ、笹、ハイビャクシンを用いた。この選定では日本庭園に馴染みがあり、葉が細く張りがあるものを基準として選んでいる。
 その4種類の組み合わせは「細葉」を共通部分としてそれぞれの細葉としての特徴を差とした「微差の並置」である。
 またそれらは斜壁が細幅のアルミパネルを集めてできていることと、細幅ということから、「細い」と「集合」を共通部分として、素材として植物と金属という差が並置されている。
 笹は北側にある通用口の前に植えてあり、見上げて見える細いアルミパネルの集合と笹の葉が重なってみえる。

本島別邸庭園

本島別邸 全景
 本島別邸は瀬戸内海に浮かぶ、300人ほどの人が住む穏やかな島の中でも、とりわけて静かな地域にある保養施設である。1000坪を超える広々とした敷地には明治から昭和中期までに建てられた建物が点在している。
 敷地全体では建物が5棟あり、手前に見えている北棟・南棟の背後にある少し高台となった場所に、母屋・離れ・長屋門がある。本島別邸庭園はそれら3棟の建物の周囲を整備し、3つの日本庭園としたものである。
 日本庭園の範囲外とはなるが、大きな岩は苔庭から移したもので、北棟と南棟の配置に沿うように置いた。かつてここには北棟・南棟に類する建物が複数あって、大きな岩はそれを見立てたものであり、屋根の妻形を共通部分とした「微差の並置」としている。
本島別邸庭園_苔庭
 苔庭の三方は建物で囲われていて、西側には大刈込み越しに島々の浮かぶ瀬戸内海が正対してみえ「正対する借景」となっている。大刈込みは視野を限定させ、海へと視界を集中させる。
 庭園にある苔、大刈込みを作っている植栽や石は、実在の島々を構成している要素でもある。苔庭では庭園と借景としての海・島々が「苔・樹木・石等」を共通部分としながら、遠い・近いという距離の差が並置されている。
 また広がる苔を海とし、大刈り込みや石を海に浮かぶ島のように見立てた。つまり苔庭は海を抽象化したものであり、海と島々の実体と見立てとしての差が並置されている。
 さらに3つの庭園を組み合わせた「微差の並置」がある。3つの庭園の共通部分は「海の借景」である。「苔庭:正対する借景」「雑木の 庭:隙間からみえる借景」「笹庭:不可視の借景」として、それぞれの借景の見え方が あり、それが差となっている。海や島々がみえるということが、縁語的に3つの庭園をつなげている。
本島別邸庭園_雑木の庭
 雑木の庭と苔庭の間にある引戸を閉めている時には、雑木の庭では苔庭の存在は消えている。それが引戸を引いて苔庭が見えると、雑木の庭の印象は大きく変わる。四方を囲まれ 閉じていた空間は、その一角に開けられた隙間から苔庭への広がりをもち、さらにその奥に見える海へと視界が導かれるような流動性をもったものへと変化する。海・島々は引戸が開くことによって「隙間からみえる借景」となる。
 借景である島々を構成している植物や岩などは、雑木の庭にあるものと同じであり、借景と庭にはそこには見えてみるものに対する距離の差がある。その「差の並置」については苔庭と同様のものである。
 また、この場所の魅力は、大きさや樹形の異なる樹木の幹と幹、枝と枝 の間の隙間にある空間である。そこを風が通り抜け、光が差し込んでくる様子が、庭を囲う黒い焼杉壁によって浮き上がってみえる。
 また雑木の庭から見える海と島々も、引戸が引かれたときにできる隙間から見えるものである。雑木の庭と借景の間には「隙間から見える風景」という共通部分があり、そこから見えるものの対象物の差が並置されている。
本島別邸庭園_笹庭
 多くの借景庭園がそうであるように、生垣によって囲われている庭園の外側を意識するかどうかは観察者の意志による。借景対象までの距離を隔絶する生垣は、逆に意識を外に向けず庭園内に留めるようにする効果もあるからである。その結果、生垣の内側のみを庭園として認識することが可能で、その意味では笹庭は背後に見える山とは無関係に成立している。
 この場で立てば、山の裾野に広がる海が容易にみえるが座っていると見えない。その山を借景として捉えた場合、その場で聞こえてくる波音とともに、海をイメージとして山に重ねてみることになる。それを「不可視の借景」とした。
 ここでは、矩形をした平面的な笹面とそこに配置された低い平たい岩を、海とそこに浮かぶ島々として見立てている。笹庭では「海と島々」を共通部分とし、山の裾野にある具象的な海のイメージと、笹庭での見立てとしての抽象的な海のイメージとの差が「微差の並置」となっている。