本論文は、写真の原理を通して外界の事物が孕む潜像を顕在化しようと試みた自作について考察し、そこで実現しようとしている〈事物の記憶〉とは何かを明らかにするものである。ここでいう事物とは、自然物や人工物を含めた、事物(object)のことを指す。また、記憶とは、心理学において脳が物事を記銘し、それを保持し、その後に想起することを指している。したがって通常、記憶とは生物が保持するものであり、事物は記憶を持たないとみなされるが、では、〈事物の記憶〉とはいかなるものか。筆者の仮説は、人間という主体が自身にとっての客体である事物にまなざしがあると感じ、事物もまた主体となるような世界を仮想することで〈事物の記憶〉を見出すことができるというものである。そうすることで、人間ではない事物が保持する〈事物の記憶〉があると考えられるのではないか。そこで、本論では、写真の原理における「潜像」を〈事物の記憶〉について思索する糸口とする。潜像とは、露光によって写真感光層に生ずるが、現像するまでは目に見えない像を指す写真用語である。すなわち、光によって「顕在」化される物理的な変容可能性のことを遡行的に事物に「潜在」している「潜像」であると考えることができるだろう。そのような潜像は、われわれの身近な事物のそこかしこに見出すことができる。例えば、日常の事物に生じている小穴投影現象による倒立像、光によって投げ出される影、滑面への光の反射、ガラスにおける光の透過などの物理的現象である。本論では、このような物理的現象により、われわれの日常に見出すことが可能な事物に潜在するイメージを〈事物の記憶〉と呼ぶことにする。そして、〈事物の記憶〉を顕在化させる媒体と制作方法について論じていく。