保存修復[日本画]|Japanese Painting [Conservation]

相国寺蔵 円山応挙筆 重要文化財《牡丹孔雀図》の制作技法研究
須澤 芽生 | SUZAWA Mei

審査委員:荒井 経 塚本 麿充 國司 華子 有賀 祥隆 北野 珠子 武田 裕子
相国寺蔵 円山応挙筆 重要文化財《牡丹孔雀図》(墨地下地)の想定復元模写

相国寺蔵 円山応挙筆 重要文化財《牡丹孔雀図》の想定復元模写

研究概要

 本研究は、応挙の写生画の代表作とされる、円山応挙筆 重要文化財《牡丹孔雀図》(明和8年(1771)、京都・相国寺蔵)の想定復元模写制作を通して、応挙の孔雀図における表現技法を明らかにしたものである。

 筆者は、この《牡丹孔雀図》では写実的な表現に不可欠な立体・空間表現に、「墨地下地技法」(*1)が大きな役割を果たしていると推測し、熟覧調査や先行研究、「秘聞録」(*2)の読解、円山派下絵の孔雀図メモ書き(*3)の読解を基に制作を行い、“応挙の写生画とは何か”を技法面から問い直した。
 今回の筆者の実技検証によって、応挙が「墨地下地技法」を基礎として、その上に古来から存在する「裏彩色技法」「染料系絵具表現」「金属泥表現」などの技法をそれぞれ組み合わせ、それらによって色彩の階調を広げ、重層的に複雑な表情を作り出し、写実的な応挙の写生画を可能にしていたことが明らかになった。
 今回の研究によって、他流派のように技法書が存在しない円山派独自の絵画技法について具体的に解明することができた。

応挙の《牡丹孔雀図》にみる彩色技法

「墨地下地技法」

画面中央に描かれる美しい飾り羽は、量感を出すために、予め墨の濃淡が施されていると推測した。
夫々の羽が付く白い軸は、左右に墨の暈しを入れ塗残すことにより表現されていた。



墨は濃度を変えた3色を用意した。 左から淡墨、中墨、濃墨。

「裏彩色技法」

(※画像は絹の裏側から撮影し、比較しやすくするために左右反転したもの)
絹の裏側から白い軸を胡粉で、飾り羽の込み入った空間全体に緑青と籐黄で彩色した。
白い軸は裏側から彩色することで表から見たときに白さが和らぎ、飾り羽の奥に存在するように見せることができた。
緑青は焼く(熱を加える)ことによって何段階か色味を作ることが可能。
右に行くほど焼く時間を長くしたもの。
応挙の孔雀図ではこれらの緑を使い分けながら彩色していたのではないかと推測した。

「染料系絵具表現」・「金属泥表現」

飾り羽の透けた質感や、様々に光る色を表現するため、表側から籐黄や藍、臙脂による染料の彩色を行った。
また、3種類の金属泥(金泥、銅泥、青金泥)で微妙に変化をつけながら描いていった。


「染料系絵具」は古来から日本絵画に使用されてきた絵具だが、現在の日本画では使用されることが少ない。
水溶性で透明感があり、混色したり重ね塗りすることで豊かな色彩表現が可能。
左上:藍 右上:臙脂 下:籐黄

「新しい絵具」

↑珪孔雀石(クリソコラ)の原石

熟覧調査により、孔雀頭部に群緑に近い発色の絵具が観察できた。この水色の絵具は、サンプル比較により「珪孔雀石」という珍しい岩絵具の可能性が考えられた。
想定復元模写制作を行っていく過程で、飾り羽中央部分の鮮やかな水色や、羽の一部にも使用されている様子が伺えた。孔雀の豊かな色調を表現するために、この絵具は非常に重要であったと考察する。
応挙が新しい表現を求めて使用する材料から研究し、珍しい絵具も積極的に取り入れていた様子が伺えた。

応挙の写生画

 当時は現在のように新岩絵具や合成岩絵具など、人工の岩絵具が開発される前であり、限られた絵具しか存在しなかった。
 色彩豊かな孔雀を写実的に描くためには、それらの絵具を如何に工夫して、色調を広げるかがこの作品を描く上で重要な課題であっただろう。
 今回の想定復元模写制作を通し、応挙が数々の研究を行い、絵具の特性まで把握し、綿密な計算によってこの作品が描かれていることが分かった。

 「墨地下地技法」や「裏彩色技法」、「染料系絵具表現」、「金属泥表現」は、一つ一つを見れば古来から仏画や大和絵、中国画で使用されてきた技法である。しかし、それぞれの重ね方や足し引きは応挙独自の感覚によるものであり、更にここに新たな絵具や応挙の視点が加わって、「応挙の写生画」が描かれていることが分かった。

*1 佐々木丞平・佐々木正子氏共著の「研究編」『円山應舉研究』中央公論美術出版、1996年、pp.304-305

*2 円満院門主祐常「秘聞録」『萬誌』(佐々木丞平・佐々木正子「研究編」『円山應舉研究』中央公論美術出版、1996年)応挙が語った絵画技法及び絵画思想について祐常が書きとめている雑記録である。佐々木丞平・佐々木正子氏が応挙について書かれた部分のみを抜粋してテキスト化している。

*3 高井琮玄編『人物・鳥獣-円山派下絵集〈4〉』光村推古書院、1997年、pp.94-95

展示会場写真

会場の様子
論文発表の様子