→先端芸術表現
日本の活版印刷における紙型の再発見とその考察

 ─物質的文字の断片に対する視覚文化論的解釈
 

関根 ひかり  
 

→審査委員   
長谷部 浩
 藤崎 圭一郎 鈴木 理策 八谷 和彦

本論は、日本の活版印刷における紙型(しけい)を研究対象とする。紙型(しけい)とは、活版印刷の工程で製造される中間生成物である。紙型は、活字の組版の上に紙を何層にも圧し重ねて作られる。紙型に鉛を流し込み、一枚の鉛版を鋳造する。この鉛版が印刷に使用される。
本論では、紙型について二つの観点から考察する。一つは、印刷技術の発展の中でどのような役割を持ち、印刷に関わる人々にどのように捉えられてきたのかという点だ。もう一つは、現存する紙型、特に二次制作物の材料として転用された例について、視覚文化論の視点から解釈する。
紙型は、1829年にフランスでクロード=ジュノー(Claude Genoux, 生没年不明)によって初めて完成された。活字組版の上に湿らせた紙型用紙を置き、硬い刷毛を使って手作業で叩き、圧し込んで制作する湿式紙型による鉛版鋳造法が始まりである。紙型の誕生によって、利点が生まれた。(1)重刷の際に再び活字を組み直す必要がなくなった。(2)重い鉛の組版を保管するよりも、紙型は保管しやすい。(3)新聞の印刷については、紙型を用いることで湾曲した輪転機での大量印刷を可能とした。以上の点から、活版印刷の発展には欠かせない技術だった。
しかし、紙型は、ほとんどが活版印刷の技術書のなかで扱われるのみであり、充分に研究対象とされてこなかった。現存する実物も急速に姿を消しつつある。印刷会社であれば、版権と同等の価値を持つ門外不出の財産として、外部に持ち出されることはなかった。だが、保管場所の問題もあり、廃棄が進んでいる。新聞社では活版印刷を行なっていた当時から、毎日生産される新聞の印刷のための中間生成物として、日々廃棄されていた。よって、今も現存する紙型は限られている。
日本において活版印刷の歴史の中で重要な役割を果たしてきながらも、保管やアーカイブ化がされていない現状だ。また、印刷の過程で生まれる中間生成物に過ぎないという認識から、一義的な価値しか与えられず、大系的な研究に繋がらない。
本論では、紙型について印刷文化の範囲でのみならず、二次制作物の材料として様々に姿を変える例を中心に、断片的に残された紙型に定着する文字に注目し、視覚文化論の視点から考察する。