→工芸・染織
物語性と藍の型染による生命感の表現について

大小田 万侑子

→審査委員
上原 利丸
 青栁 路子 橋本 圭也 藤原 信幸

筆者は型染と藍抜染の技法による制作を行ってきた。型染は日本の伝統的な染色技法であり、その模様は型紙を刃物が彫り抜いたことによる鋭利で繊細な線の特徴を持つ。藍抜染は 19 世紀に開発された近代的な技法である。藍染した布に抜染剤を塗布し乾燥させ水で洗うと、抜染剤を置いた箇所の藍が白く抜けることで模様が染められる。以下より型染の呼称を型紙と糊の使用を前提とし、藍抜染を利用した型染を「藍の型染」と呼ぶ。
これまで藍の型染を用いて自作品において表現しようとしてきたのは、人や動植物、自然現象、架空の生きもの等の生命感である。この生命感は、筆者の芸術表現の根幹にある物語性による躍動感のある線が、藍の型染の模様として染色されることで生まれる。「物語性」とは、古くから語られてきた神話や昔話、伝説等、幼年期より触れてきたお話の世界が根底にあり、多くは絵本体験で培われた感性である。
藍の型染による制作のきっかけは偶然的であったが、現在も追求し続けている。生命感の表現を目指すにあたり、なぜ藍抜染に拘り絵画的な描写を型染で染めるのか改めて捉え直すことが、今後の作品制作の深層と広がりの追求に必要である。
本論文では、「物語性」と「藍の型染」に焦点を当て、筆者がこれまで行ってきた制作の実践を踏まえてその特性を考察し、自身の目指す生命感の表現について明らかにすることを研究目的とした。
第1章では、創作の根源である物語性について述べた。筆者の藍の型染作品は、幼年期の絵本体験がきっかけとなり展開している。沢山の絵本により影響を受けた幼年期の《お絵描き》の描写と、子ども時代の「絵を描くこと」について振り返り、現在の自作品に至る創作の原点を確認した。その上で学童期に読んだ漫画から関心を持った『古事記』を始め、様々な神話や伝承の物語が、筆者のまなざしを通して自作品の上で構成され、創造の物語として表現されることを明らかにした。自作品の模様は白抜きであり模様の箇所ほぼ全てに陰影が付かないことから、その表現に細かな線を多用する。このことから、「デフォルメ」や「集合と緩急」を伴った線が筆者の物語性を通して躍動感を持ち、藍の型染を経て生命感のある模様が形づくられるとした。そして、他作品に感じる躍動感のある線について自作品と比較しながら考察を述べた。
第2章では、藍の型染から生まれる線の表現について論じた。型染の制作工程の中で筆者が特に重点を置く型彫に着目し、下絵・型彫・染色における筆者の制作経験を基にその考察を述べた。続いて、藍の型染の追求に至った経緯から技法の特性を再考し、防染と抜染の模様の比較を行うことで、技法選択の意義を述べた。これにより、生命感のある模様の形成には型彫と抜染に対する筆者の創造的な感覚が必要であるとし、他の作家の藍抜染の使用について比較・分析を行うことで、考察を深めた。次に藍染による青色に焦点を当て、藍染料の概要から青の世界的な認識と古代日本人の色彩感覚について触れた上で、古代日本人の持っていた「あお」の意味から藍色の色相を表す「縹」に着目し論じた。この考察より、藍の青から「定まっていない」意味を見出し、その性質を述べた。更に古代日本人の「しろ」に着目し、自作品上の白い模様の捉え方を藍抜染の工程と共に詳述した。これにより、藍は白という神秘的で怪異的なものを出現させる、青の空間としての自然的な意味を持つという論から、自作品上での青と白の関係を明らかにした。この上で藍の型染が筆者の祈りの行為であり、生命感のある表現がその表れであることを述べた。最後に、青と白の関係に意識を向け制作した自作品について紹介し、藍の型染と生命感の関連性を詳らかにした。
第3章では、博士審査展提出作品に向けて行った、抜染糊の化学的効果を利用した実験について取り上げた。そこで博士課程を通して行ってきた藍抜染と自作品で掲げる主題との関わりについて考察した。第一に、生地の裏面を通って表面に色が出現する透過性を利用した実験を行い、参考作品と共に紹介した。次に、白のバリエーションを自由に扱うため、抜染糊の材料と配合を変えて白抜き具合の調整を図り、提出作品への技法的な土台を見出した。 第4章では、博士審査展提出作品について述べた。生命感の表現を包括した提出作品のイメージの深層を詳述し、第3章で述べた抜染糊の新たな表現のため行った実験を基に、その技法的な展開を明確にした。次に提出作品の制作工程を図と共に解説し、考察を述べた。 以上より、物語性と藍の型染による生命感の表現は、筆者の自然への憧憬や神仏への畏敬の念の表れで、その制作行為を祈りの形とした。祈りとは、自然に生かされていることへの感謝であり、作品制作はその感謝と同時に、いのちの歓びを真に受けることのできる行為である。最後に今後の展望を述べ、本論文のまとめとした。