→工芸・ガラス造形
技法研究から生まれる生き物のかたち

 - モデリングパートドヴェールを用いた
    ガラス造形技法の複合的な活用 -

勝川 夏樹

→審査委員
藤原 信幸
 布施 英利 豊福 誠 原 真一
 三上 亮 本村 元造

 筆者は近年、顕微鏡を用いて観察された植物や菌類、プランクトンなどをモチーフに作品制作を行なっている。日頃見慣れた生き物であっても、顕微鏡を通して観察することで、肉眼では見ることの出来ない、複雑な姿形を知る事が可能になる。また、顕微鏡にも様々な種類があり、同じ生き物を観察しても、全く違う姿を見る事が出来る。筆者は、光学顕微鏡と走査型電子顕微鏡で観察された生き物の顕微鏡写真などから着想を得ている。
 様々な生き物をモチーフにガラス素材を用いて作品制作をする中で、ガラス造形技法の「かたちづくり」 *1 の自由度や、技法間の互換性の低さに着目するようになった。多様で複雑な生き物のかたちを表現する上で、技法的な制約が自由な表現の障害となる事が多くあったからである。
 具体的な例として、吹きガラス技法*2 では熔けたガラス素材特有の有機的な表現に向いているが、写実的な表現が難しい事が多く、バーナーワークでは細かな造形が可能だが、質量や大きさに制限があり、ガラス鋳造技法では写実的な表現に適しているが、鋳造出来るかたちには制限がある。
 ガラス造形技法にはそれぞれ、「かたちづくり」の長所と短所がある。そこで、複数の技法を複合的に用いる事で短所を補う事が可能なのではないかと仮説を立て研究を始めた。
 本文では、一般的に行われているガラス造形技法の複合的な活用方法をまとめた上で、生き物の多様で複雑な形状を表現する事に着目した、筆者が研究しているガラス造形技法の複合的な活用方法について述べていく。
 筆者が自身の作品制作のために研究している、ガラス造形技法の複合的な活用方法において重要な役割を果たしている技法が「モデリングパートドヴェール」*3 という技法である。この技法は、筆者が独自に研究を進め、命名した技法である。
「モデリングパートドヴェール」は、粉ガラスとでんぷんのりを混ぜ合わせた、粘土状のガラスペーストを用いることで、粘土で塑像をするように造形できる事が特徴である。また、ガラス鋳造技法では制作が難しい形状や、吹きガラス技法では困難な写実的な表現が可能で、ガラス造形作品の中では比較的大型の作品を制作する事が可能である。成形後、耐火粉に埋め焼成し、熔着する事で生じる、この技法特有の表情や質感も特徴である。
 「モデリングパートドヴェール」の特徴を利用した、筆者が研究しているガラス造形技法の複合的な活用方法では、その他の技法で表現が難しい形状を制作でき、複数のガラス造形技法で制作した、ガラスパーツを組み合わせる、つなぎのような役割を担っている。
 また、ガラス造形作品の「かたちづくり」の幅を広げる研究の一つとして、近年芸術領域でも盛んに用いられている、3Dプリント技術をガラス造形作品の制作にどのように活用できるかについても記す事とする。
 筆者の作品制作では、3Dプリント技術をガラス鋳造技法や吹きガラス技法に用いている。3Dモデリング特有の幾何学的な造形を作品に取り入れる事が可能で、複数のパーツを組み合わせる制作での、接合部の角度計算など、手作業では困難な要素を補う事が期待できる。また、幾何学的な構造は、顕微鏡を通して観察した生き物にも多く見られる事から、筆者の作品制作に有効であると考えている。
 ガラス造形作品を制作する上で、技法研究に着目する事は珍しいことではない。作品の質感や表情、形状などに独自性を持たせるため、多くのガラス造形作家が取り組んでいる。
 そのことから、本論文では、一つの質感や表情を追求する事を目的としていない。それぞれのガラス造形技法が持つ、多くの質感や表情を一つの作品に落とし込む事を可能とし、特に「かたちづくり」の自由度の向上を目指している。
 本文では、「モデリングパートドヴェール」単体での作品制作と、「モデリングパートドヴェール」を用いてガラス造形技法を複合的に活用した作品制作について記す事で、これらの技法が、生き物の多様で複雑な形状の表現に適した、自由度の高い技法である事を示していく。
 また、「モデリングパートドヴェール」を用いたガラス造形技法の複合的な活用方法では、3Dプリント技術や、今後考えられる新しい取り組みを組み込む余地のある、汎用性の高い方法であると考えている。
 ガラス造形技法を用いて制作する事が困難な形状は多く存在する。それらの形状を制作する方法を記す事は重要であり、ガラス素材を扱う分野の進歩に寄与できるものと考えている。
 筆者の作品制作において、作品モチーフとガラス素材、そしてガラス造形技法は密接な関係にある。「かたちづくり」の制限が多いガラス造形技法の中で創意工夫を図り、意図した造形を目指す過程で着想を得る事も多くある。それは、ガラス素材で作品制作する上で大きな魅力であると考えている。

*1 かたちづくり」:主に造形性という意味で用いているが、本論ではガラス素材の表面や内部の質感や表情の表現も含めてこの言葉を用いている。
*2 吹きガラス技法:本来吹きガラス技法が示す、宙吹き、型吹きに加え、本論ではソリッドワークを含め吹きガラス技法とする。
*3 モデリングパートドヴェール:筆者が独自に研究を進めている技法。ガラス鋳造技法の一種である技法、フランス語のパート・ド・ヴェール(Pâte de verre)と英語のモデリング(Modeling)を組み合わせた造語である。中点を省略し、モデリングパートドヴェールとした。