→彫刻
彫刻表現をめぐるパースペクティブ

丸山 太郎

→審査委員 原 真一
 林 卓行 大竹 利絵子 西尾 康之

 本論文では、彫刻芸術が外部からの複合的な要因から決定される曖昧な特徴に注目し、それを造形の要素として用いる筆者の制作体験を交えて、彫刻表現にまつわるパースペクティブについて考察する。
   イメージは言葉とその連関のなかで捉えられる。しかしその領域はわずかであり、名の付かない感覚やイメージが膨大に存在する。そうした領域を捉えるために、筆者は作品制作において自明の領域としての芸術や彫刻を外からの関係で結びなおす試みを行っている。彫刻表現をめぐるパースペクティブとは私が制作活動を通じて見出した、表現における様々な成立の要件であり、筆者はそれらの分解と再統合の繰り返しによって制作を行っている。本論の構成は以下である。
 第一章では、状態、環境的な状況によって名付けが変わる立体表現の曖昧な性質を示す具体例から、彫刻が成り立つメカニズムを確認する。まず、彫刻制作が「像」と「材」の間のグラデーション的な連続した幅において行われるとし、その実感から「強いかたち」と「開いたかたち」の制作メカニズムについて自作における造形の重点とともに言及する。
 また、彫刻表現には「かたち」に関する技術での成立方法に加えて、「立ち上げ」による表現をルーツとして内包していることを先史のメンヒルの表現から導き出した。「立ち上げ」による表現は人工の秩序内において反転し「転倒」による表現として現れる。それらの表現に共通する、意味と場の関係を転換させ、異化するという特性は「彫って刻む」稠密なグラデーションを持った表現とは全く異なる性質を持っていると結論付けた。
 場所と表現の関りと、「転倒」による表現の発展として、ポップアートの表現の多くに共通する、日常的感覚と表現が相対化された場の中で宙づりとなっているという特徴に注目し、それを同一化と異化を共存させる方法として関連付けた。
 第二章では、場や環境と像の関係から彫刻を考える際のリアリティの水準について述べる。台座は観者との物理的な距離を作るだけでなく、像と観者の間にフィクションを設定し、心理的距離をもたらす。その特性を扱った例としてブランクーシとジャコメッティの作品展開を挙げ、両者の作品に、二重のリアリティが発生している特徴と、像の位置を操作するカスタマイズの可能性があることを明らかにする。制度と彫刻の不可分な関係の露出とそれが作る余白について、パレルゴンによって像に注釈を与えた自作を使って述べる。
 架空の場の制作に関連して、中世の祭壇画のビジュアルにおける、現在用いられる絵画、建築、彫刻といったジャンル分けが不分明で混在した様式に注目し、台座の特性に加えて表現ジャンルのミックスを援用した自作について述べる。
 第三章では、事象を分類、分解、分節する仕組みと、それを再統合する方法について記述する。近代に発展した美術館において、ものは相対化されて提示されると同時に、本来の役割からは切り離されて独立し、絶対性を獲得するという二重性を持っていたことを明らかにする。そこから発展し、科学的歴史的な、領域の系統樹的な分類が起こす膠着性に対する議論として、アレクザンダーの「セミラティス」「パタン・ランゲージ」のモデルを参照した後、現代の自由なマッピング的な価値観と、それと同時に発生する個人のフィルターの強化について指摘する。
 分類に関する極点として、オートマティスムによる事物のオブジェ化について触れる。オブジェ化とは客観化であり、事物をすべての繋がりから剥がし、バラバラにすることであった。それは既存の要素を用いて現実の未知の領域を探る一つの手段であり、急速に出会った異なる表現言語から生まれた未知の表現言語は、あるパースペクティブの外にある現実を把握する手段となりうると結論付けた。また、それと関係の深いアッサンブラージュにも「異化」と「同一化」の二つの想像力が存在することに言及した。
 最後に、アッサンブラージュの「統合」の理論に対する「分解」の理論として、機能として独立可能かつ接合可能な単位を探ることにある「分節」に関する考え方として、自作を用いてその展開の可能性について言及する。
 第四章では、提出作品三点について個別に言及する。<愛のさざなみ>では、彫刻をめぐる「見る・見られる」の関係と作品の二重構造について述べる。
 漫画のワンシーンからイメージを借用した<オーシャンビュースタンド>の項では、それを彫刻表現に翻訳する手法を、二章で触れた雛壇構成から発展した表現形式と関連付けて論じる。
 <モンスターカード>ではモジュール化の考えでトレーディングカードの要素を分解し、彫刻として再構成する手法について述べる。
 最後に、筆者の制作から、彫刻表現のパースペクティブとは一対一の対話の関係に異なる関係軸を交錯させる試みのためのベースであることを結論付けた。