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「密集」表現のフォルム

山田 雄貴

審査委員:
手塚 雄二 佐藤 道信 吉村 誠司 宮北 千織

 私はこれまで絵画制作をする上で、無意識的に「密集」した表現を行なってきた。本論文は、その「密集」表現の由来と、創作のプロセスを考察しようとするものである。
その「密集」表現には、幼少期の二つの体験が影響を及ぼしている。
一つは、幼少期に頻繁に地図を眺めていたことによる、記号の「密集」である。本来の地図の用途は、場所の把握や行き先への道筋を調べるためだが、私の場合は、ただただそれを眺めて観賞していた。地図を眺めていると、平面上から三次元の空間が頭の中に浮かび上がり、それを客観的な目線で把握しながら、なにか浮遊感のようなものを感じていた。それは、鳥が街を俯瞰して飛んでいる感覚に近似しており、自分が地図で世界を自由に鳥瞰しているように錯覚していた。実際の三次元の世界以上に、地図上に自分の世界のリアリティーを強く感じていたのである。地図は記号で世界を表わしており、記号、文字、色面の集合で成り立っている。視覚的に記号が「密集」した画面は、私にとって単に世界を縮小した図ではなく、仮想的な世界を表すものであった。
もう一つは、幼少期の原風景に発する、記憶の断片の「密集」である。私は東京のいわゆる下町で生まれ育ち、狭窄な路地裏の多い景色を見て育った。新旧の建物が入り交じり、庭を作る土地がないため、人々は軒先に園芸の鉢を置いていた。統一感のない断片的な要素が繋がり合って「密集」している様子は、私にとって日常の風景であった。この記憶の断片の「密集」も、私が世界を捉える上での基本認識となっている。
 この二つの体験は、記号と記憶の断片の「密集」として、私の絵画表現に多大な影響を与え、モチーフの選択や表現の上で、絶対的な関係性をもっている。
 本論文の構成は、3章からなる。

第1章 記号と記憶の断片による「密集」
 第1章では、幼少期の影響を探り、記号と記憶の断片の「密集」が絵画表現に現れる経緯を考察する。第1節では、私が地図を眺めることで受けた視覚的影響について、世界を縮小表示する事で生じる記号化が、私の仮想的世界での想像に転換したことを指摘する。地図の表し方、記号化と二次元での表現が、自身の絵画表現の世界観や表面的なマチエールに強く影響を与えていることを確認する。第2節では、幼少期から現在に至るまでの日常風景から、狭窄な世界に発生する雑多な記憶の断片の「密集」状態が、絵画表現のモチーフの選択にも影響していることを考察する。路地裏や小さな公園など、幼少期の環境について解説し、記憶の断片による「密集」表現の実作例を挙げる。
第2章 「密集」表現のフォルム
 第2章では、幼少期の影響から発生した記号と断片の「密集」が、自身の作品に表現化されるまでの経緯として、まず第1節で日本美術に見る「密集」表現の作例について説明し、第2節では、主題性を強めるために「密集」表現でフォルムを作り出している画面の作品例を考察する。第3節では、時代や時間、時の断片としての化石に注目し、化石には時を越えて時代を表す記号性があることを解説する。化石による骨格標本は、断片の集合体であり、これも自身の「密集」イメージのモデルの一つになっていることを述べる。古生物の骨格化石は、全体がすべて化石化して出土することは極めてまれで、博物館の骨格標本は、欠損部分を補った断片の集合で作られている。自身の作品でも、古生物の骨格標本をモチーフとすることで、時の断片が「密集」したフォルムの表現を試みていることを述べる。
第3章 提出作品
 日本特有の横長画面の広がりを考察した上で、提出作品の制作過程を示し、そこでの「密集」したフォルムの表現を解説する。
日本画

「密集」表現のフォルム

山田 雄貴