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髹飾層における凹凸の美意識

方 兆華

審査委員:
青木 宏憧 片山 まび 小椋 範彦 三田村 有純 井谷 善恵

 「凹凸」は自然界において普遍的に存在し、事物の対立と調和の両面がある。漆芸中にも凹凸は存在しているものであり、私は「凹凸」こそが漆芸表現において非常に重要であると考えている。
歴史上、人類は漆を利用してきた。漆芸が発展してきた根底には漆層の「凹凸」を考慮してきた過程がある。漆芸の歴史を辿ると「凹凸」が研究され、発展してきた過程ともいえる。実際の制作の中で「凹凸」はしばしば空間の変化を表現し、漆芸の表現は「凹凸」の大きさと高さと直接的な影響関係にある。「凹凸」は漆層の重なり合いによる層の関係性から成立し、そのなかには時間の蓄積をも含んでいる。漆芸表現は漆層の「凹凸」を制御する過程を伴い、「凹凸」を作っても良いし、あるいは消し去っても良いのである。例えば螺鈿を貼って表面を装飾する行為は「凹凸」にすることであり、研ぐ行為は凹凸を消し去ることである。芸術的な表現のためには豊かな「凹凸」の表現が必要であり、層を重ねて積層化し、研ぐことによって層を削り出すと、層の中に隠された「凹凸」が現われるのである。盛り上げと研ぐ程度の判断については、美意識と経験が必要である。
これとは逆に美意識も「凹凸」に影響される。「凹凸」の存在によって漆層の変化は無尽になり、混沌かつ深度が増していく。「凹凸」は長い歴史の発展の中で漆芸特有の美意識を形成しているのである。
本論文では、以上のような髹飾層の「凹凸」の研究を基に、4章にわたって論じた。論文の構成は以下の通りである。
 序論では、漆芸表現と「凹凸」の関係について述べる。
第一章では、「凹凸」について広く自然や人間生活の視点から論じた。私にとって「凹凸」とは、「物質の表面を構成するもっとも重要な形」と定義される。自然の山や海は地球が活動するため「凹凸」を作ることであり、人間は「凹凸」によって構成される世界に住んでいる。このように「凹凸」の変化は無限であり、人々に未知の謎をもたらし、人間の好奇心を喚起させ、探求して喜びの精神を得ることができる。視覚芸術の世界で「凹凸」は重要な要素であり、形、特徴及び空間が具体的な表現となり、そのなかに人間の感情が込められていくのである。人々が漆を利用した歴史は漆芸の「凹凸」も進化した歴史であると考えられる。漆芸制作において漆層の「凹凸」をつくりながら、漆芸家は微細な範囲内で変化を制御し、「凹凸」の中で自然を理解し、人生の解釈を導き出してきたとも言える。
第二章では、「凹凸」と漆材料の関係を論じた。漆の粘性は「凹凸」が生産されることと密接な関係を持っている点を研究した。漆は粘性塗料であるため、自ずと「凹凸」を生じさせることができ、さらに、ほかの材料を付着させて「凹凸」を構成することもできる。しかも、時間が経って、下の「凹凸」層が乾燥した後で非常に硬くなり、このうえに新しい「凹凸」を繰り返し作る基になる。実は螺鈿、蒔絵、沈金、蒟酱、彫漆などの技法は髹飾層の「凹凸」を作る手法である。「凹凸」と漆の半透明性も大切である。漆の塗り方は、多くの場合に何回も塗り重ねる。下の「凹凸」を被覆して上の層が形成される。漆は透過性を有しているため、上層を通って下の「凹凸」を見ることができると共に、見えないところもある。あわせて光・装飾・立体における「凹凸」を中心に自作の根本的な要素を論じた。特に「凹凸」の美意識では、長い期間に「凹凸」を制作した作家は、「凹凸」に対する鋭い美意識が形成される。「凹凸」の差を最小限に追求することにより、漆の光沢の美を表現することができる。このような「凹凸」の差を必要とする作品は、豊富な階層化ができる。
第三章では、自博士を受ける以前の作品について簡単に振り返った内容とした。漆芸を学んだ経歴と自作を通じ、作品の特徴と平面から立体表現への発展の軌跡を説明する。この過程で「凹凸」という発想に至った過程についても明らかとする。
第四章では、博士提出作品についての「凹凸」での表現について説明する。まずコンセプトについて詳細に説明し、次に、作品の造形、装飾及び技法の特徴について詳述を行った。最後に、作品の制作過程と展示についても論じる。
結論として、漆芸の「凹凸」は漆芸表現における非常に重要な事柄であり、全ての漆工芸の核心をなすと考える。「凹凸」から漆芸を研究することで、新しく応用できる可能性があり、より自由な創作をすることが可能となると考える。
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髹飾層における凹凸の美意識

方 兆華