craft

動きの気配とガラスの両義性
制作思考の再構築から浮かび上がる素材・技術・作者の関係

近岡 令

審査委員:
藤原 信幸 小松 佳代子 豊福 誠 三上 亮

  本論文は、ガラス作家であり、教育者でもある私が学生としてこれまでの実践研究とその活動をふりかえり、その中で変化を見せた思考過程と制作技術、そしてそれを元に制作した作品について論じることで、制作過程とその思考の再構築に向けた研究の成果である。
 私は、独学で作り上げてきた自分の制作過程と思考に不安を感じていた。それは「なぜ私はガラスで作品を作るのか」という他者からの問いを意識したときからだった。
 まず私は制作に関わる環境、材料、技術、思考方法などに制約を設け、それまでに築いてきた「できること」を封じた。この中には、技術の主体としていたガラス溶着技術のフュージング技法も含まれていた。これにより私は、私自身を無力な立場に追い込み、制作と思考の全てに新たな気づきを求めていった。
 この制約の中で過去に制作してきた作品の省察を進めていった結果、自身の制作において用いているデザイン思考とガラスに対する自身の欲求から生まれるジレンマがあることを発見した。ガラス自体に興味を持ち、ガラスを変容させる技術に拘り、このジレンマから抜け出るために、素材と技術で表現するアートに制作を限定するようになっていった。
 一方で素材研究を進め、やがて私の興味がガラスの持つ素材特性のパラドクス、強さと脆さ、固体と液体などの「相対する二項の存在」にあり、それに基づいた技術による表現であることにたどり着く。この技術研究は、クラウス・モイエから伝授されたフュージング技法を再考することに繋がり、クラウスが技術と共に素材から創造して表現を拡大していったことも見いだされた。それは私に素材と技術の探求が表現の拡大に不可欠だと確信させた。私はキルンワークに用いる「型」に着目して、ガラスを加熱することで変化する表現研究と素材研究を進めていき、粉体鋳型成型技法と柔軟性のあるセラミックファイバーを用いた加熱成型技法という独自の技法を生み出した。ガラスが持つガラス転移点という素材特性を生かし、粉体や柔軟な素材を型に用いてガラスの脆さや儚さなど先生で美しいと感じる表現の拡大を可能にする技法である。
 さらに、ガラス素材の特性を生かし表現する海外のガラスアーティスト達からの刺激を受けて、私は異文化の中で製作するという環境の制約を作った。異国であらためて制作の中にある制約の意味を考えていった私は、自身の造形テーマ、「動きの形」とその真逆に位置する「動きを止める形」の同時制作を進めた。そこから生まれた作品から、自身の造形のテーマの中に「相対する二項が同時に存在する」があることを認識した。
 制約の中で起こる試行錯誤と発見の連続の実践研究の過程は、私が以前制作で理想として求めていた予定調和の制作とは全く異なっていた。これらの制作には、私が残した痕跡とともに、未知の表現や結果が表現されていたのだ。素材を表現に用いる場合の思考過程には、素材を知るための「探求の技術」が必要であり、作品が作者を生み出すのだとティム・インゴルドは説いている。私の作品がそれを強く示していた。
 作品が作者を作るという過程を知ることで、私と作品、素材と技術の関係に新たな変化を生んだ。それが作品と私はどちらも主体となるわけではないという、森田亜紀の説く「中動態」的制作思考で結ばれているのだと知る。それは素材の特性が技術へ制約を作り、その制約の中に生まれる行為が、結果的に新たな意味を持つ作品または作者を作り出すということだった。このような制作研究過程は、海外の美術大学の教育でも実践されていることを知った。この見方は、私がガラス造形に興味を持ち、夢中で素材に触れていた頃の、素材が私に教えてくれていた時間を意味づけるものでもあった。
 また制約が新しい自由を生み出すというパラドクスとの出会いは、私の造形テーマの捉え方にも影響した。私が興味のあることに共通した「動きの気配」というテーマの底には、相反するエネルギーが共存し対立した世界があるということに気づいた。ガラスの持つパラドクスへの興味は、ここで私の造形テーマにも密接に関連していることだと確信することになった。
 私が興味を持つガラスは、透明と不透明や強さと脆さなどの二項が対立しながら共存するものであり、それはどちらの要素が欠けても関係が成立しないことを意味した。そこから、私の感じていたガラスのパラドクスは山口昌男の論じている二項のそれぞれが支え合う意味を持つ「両義性」だということを見出していった。この「両義性」は、「中動態」的制作思考とともに、私の制作過程とその思考に深く関わっていることがわかり、私が魅せられているガラスという素材がもつ大きな世界だと知った。素材が技術を生み出し、その技術が作者を生み出していく過程があり、制約と自由という二項の相対する両義性が私のガラス造形には欠かせないことだったのである。
工芸

動きの気配とガラスの両義性
制作思考の再構築から浮かび上がる素材・技術・作者の関係

近岡 令