Sculpture

架空の断片-プラスチックモデルから着想した彫刻表現-

大森 記詩

 本研究は、自身の彫刻作品の成り立ちにおいて重要な位置を占めている「プラスチックモデルからの着想」という観点から展開する。実在と非実在を問わず、異なった背景のモチーフを、規格化されたスケールに基づいて縮小、解体し、プラスチックという樹脂素材に置き換え断片化するという特性は非常に興味深い。これにより作り出されたプラスチックのパーツを、私は「架空の断片」と考えている。この影響を受け、私はこれまで断片性に焦点化した彫刻作品の制作を試みてきた。

 本論文は以下の3章で構成される。

 第1章「架空の断片への傾倒」では、私が傾倒してきたプラスチックモデルの日本における特異性について、また傾倒の要因となった美術作品との遭遇体験を述べる。
 第1節「プラスチックモデルという状態」では、プラスチックモデルの特性と文化的側面、我が国における「プラモデル」という「文化の漂着点」としての特異な展開を概観する。
 第2節「中空の尾翼」では、私がプラスチックモデルや模型製作へと傾倒することになった要因として、今に至るまで大きな影響を受け続けてきた立体作品である原口典之の《A-4E Sky Hawk》を挙げ、この「戦闘機尾翼作品」と対面したことで、私がプラスチックモデルへと傾倒することになったという経緯を明らかにする。
 第2章「架空の断片を制作する -自作品の変遷と試み-」では、実践編として、私の作品制作の変遷を辿る。
 第1節では、まず私が模型制作の技法の一つとして特に重点的に用いてきた「ミキシングビルド」について述べる。複数の異なる部品を組み合わせて任意の形状を作り出す技法は、「スター・ウォーズ」に代表されるSF特撮映画での「ミニチュアモデル(特撮用模型)」が、大量のプラスチックモデル部品を流用して制作されたことにそのルーツがあることを明らかにする。
 第2節では、このモチーフが縮小化して分割された部品を組み合わせ新たな形を作り出すことに範をとり、「架空の断片」たるプラスチックモデルの部品を素材として組み合わせる彫刻作品の制作を行ったことで得ることのできた発見と課題点など、一連の所感について記す。
 第3節では、「架空の断片」そのものを制作する試みについて述べる。私はここで、特に金属鋼材をその素材として用いている。これはプラスチックモデルとなってきたモチーフの多くが、金属鋼材によって製造されてきた工業製品ということへの興味によるものであった。この中で、社会的な需要から大規模に製鋼された鋼材が、その原初から「断片性」を多分に有していることに着目している。
 第4節では、自作品で用いてきた「塗装」について述べる。金属鋼材を用いることにより自作品の形状を「断片性」に焦点化することを試みているが、塗装は、この断片性を強調するものとして用いられている。この試みの過程で制作した作品について解説する。
 第5節では、彫刻と模型製作、双方の造形過程で用いる素材「ポリエステルパテ」に着目している。これを作品の断面に充填することで、本来は消費素材として「顧みられない物質」であるポリエステルパテを「顧みるための物質」として変性させた試みについて述べる。
 第3章「博士審査展提出作品を通して」では、博士審査展提出作品《Training Day -Far East Suit-》、《Stealth Circle》、《Untitled(Green.3)》の3点を主軸として述べる。
 第1節「架空の断片により作られた世界観 -《Training Day -Far East Suit-》-」では、プラスチックモデルパーツを彫刻素材として直接的に用いた等身大の立像《Training Day -Far East Suit-》について述べる。この作品は、プラモデルパーツが無数に組み合わされた像容から「文化の漂着点」としての特異性を視覚化し、その影響下にある自身の世界観を具現化したものである。また、この前作である《Training Day -樹脂片観音菩薩像-》についても記し、関連作品として提出作品制作に至る展開を明らかにする。
 第2節「現在を表す記号として -《Stealth Circle》-」では、最新鋭航空機に施されている国籍標識をモチーフとして鋼材のフレーム上に塗装することで、現在の事象を断片的な形態上に表わし、焦点化した《Stealth Circle》について述べる。
 第3節「自立する架空の断片《Untitled(Green.3)》」は、金属鋼材を用いた形態に生じる空間にポリエステルパテを充填することで断片性を強調する作品制作の変遷を辿る。これまでポリエステルパテを充填した断片作品を垂直面である壁面へと設置していたが、これを水平面へと設置する試みとして制作した提出作品《Untitled(Green.3)》と、関連作品の展開について述べる。
 最後に本論の終章として、断片性に焦点化した一連の制作を経て、「架空の断片」である彫刻作品の制作を続けていくことについて、自身の考える意義について述べる。
審査委員
木戸修 佐藤道信 林武史

大森 記詩

架空の断片-プラスチックモデルから着想した彫刻表現-


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