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「宇宙芸術の共創生モデル―CERNにおける科学者と芸術家の協働から」

田中ゆり

背景
 「宇宙とは何か」。科学者もアーティストも、その究極的な問いを異なる方法から追究している。同じ宇宙のなかで共に生きるすべての人間が共有することのできる宇宙的な視点は、人類の心をつなぎ、現状を打開する包括的な道を見出しうると考える。そこでは、領域を超えた視点から両者をつなぐ媒介者が必要である。そして、科学者とアーティストの協働の場と新たな枠組みが必要とされている。では、問題意識を共有する宇宙的な視点や宇宙に対する根源的な問いを共通基盤として、媒介者によって科学者とアーティストをつなぎ、より人間的で本質的な協働を形成することができるのではないだろうか。筆者は、このような仮説をもとに研究を進めた。
 
概要
 本論は、CERN(欧州素粒子物理学研究所)における科学者とアーティストの協働に関する研究と実践により、宇宙芸術の創造を可能とする共創生の場の枠組みをモデルとして提示することを目的とする。
 研究方法として、筆者が媒介者の立場からこれまでのCERNとアーティストの協働のケーススタディを実施して、有効な協働の場のコンセプトを抽出した。それらを発展させ、CERNに滞在し、宇宙芸術の協働プロジェクト“CosmicArt*CCM” (CCM: Cosmic Cogenerative Model)によって協働の枠組みとなる「宇宙的共創生モデル(Cosmic Cogenerative Model)」を導いた。

本論における宇宙芸術
 宇宙とは、素粒子物理の視点からは、ミクロの素粒子からマクロの宇宙空間のすべてを構成する物質とエネルギーの連関である。また、芸術の視点からは、人間がいかに共生することができるのかを問いかける、時間と空間でもある。両者の宇宙の概念を包括的に捉えた、新たな概念から宇宙芸術(Cosmic Art)を位置付ける。

本論の構成
 序章では、背景や目的、研究方法、宇宙芸術および素粒子物理と芸術、協働の枠組みに関する先行研究について述べる。
 第一章および第二章では、CERNと芸術、CERNの科学者とアーティストの関係性について、先行事例から協働が良好にはたらくための条件を探り、今後の可能的な協働のあり方を見出す。
 第一章では、協働の現場となるCERNの組織的な特性や枠組みを把握するため、設立に至るまでの歴史的背景や現状を考察する。また、現行のCERNのアートプログラム“Arts@CERN” (2011-)以前のCERNの科学者とアーティストの関わりや、CERNが初めて芸術と組織的に協働した展示、“Signatures of the Invisible” (2001-2003)の事例から、協働の枠組みをつくる媒介者の必要性を見出す。
 第二章では、“Arts@CERN”のケーススタディを行う。当プログラムの創立者をはじめ、当時の長官や関係者へのインタビュー調査などから、その設立の経緯や展開、CERNにおける芸術の立ち位置を明らかにし、協働の枠組みや媒介方法を考察する。さらに、当プログラムに関わったCERNの科学者やアーティストへのインタビュー調査から事例を検証し、自由でオープンエンドという、有効な協働の場のコンセプトを抽出する。また、課題として社会に開いていく方向性が必要であることが導かれる。
 第三章および第四章では、前章までのケーススタディや現場調査を踏まえ、筆者がCERNに約三ヶ月半滞在して行った宇宙芸術の協働プロジェクト“CosmicArt*CCM”の枠組みや過程を考察する。
 第三章では、宇宙を共通基盤とした共創生の協働を目指す“CosmicArt*CCM”のコンセプトや枠組み、対話を主軸にした媒介方法を解説する。また、拠点となるCERNの産学連携プラットフォームIdeaSquareのコンセプトや構造、協働者のHEAD(ジュネーヴ造形芸術大学)のデザイナーとCERNのエンジニアについて述べる。
 第四章では、“CosmicArt*CCM”の過程を考察し、筆者の枠組みが共創生的に機能したかどうかを検証する。そして、協働から生まれた現象、発案されたアイディアから実施した実証実験、実験参加者や協働者から得たフィードバック、媒介者の視点から、宇宙が協働者を相対化する共通基盤となったことを見出す。
 第五章では、先行研究の多領域間における協働モデルを参考に(Jensenius 2012)、本論を通じて導き出された、媒介者を通じた科学者とアーティストの協働による共創生の場を形成するための概念やプロセスを図示し、論述する。図示においては素粒子物理学の理論を反映し、協働者が宇宙を共通基盤として共につくりあげていく、宇宙芸術の創造を可能とする「宇宙的共創生モデル」のプロトタイプを提示する。
 結びとなる終章では、本論の結論、課題と展望を述べ、宇宙芸術、そして共創生の場から生まれる未来の可能性を示唆する。
審査委員
たほりつこ 越川倫明 古川聖 浅井祥仁

田中ゆり

「宇宙芸術の共創生モデル―CERNにおける科学者と芸術家の協働から」


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