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胎吹きガラスによる感覚的洞察と女性性の可視化

治部 亜美香

 近年、ガラス工芸の世界では、次々と新しいガラス表現が開発されている。それは伝統的なガラス技法を素地としたものから、ガラスという概念自体を覆すような新しい展開に至るまで、実に多様化しているといえる。筆者は金属、ガラス、陶の素材を学んだことが結びつき、現在の表現手法へと至ったわけだが、本論文では、簡単なガラスの性質を述べるにとどめ、歴史や技法に関しては、必要なもの以外、言及しないものとする。
 
 始では、筆者の考える女性についての問題意識を述べる。現在、国際化が進行し、少子高齢化や女性の社会進出など、日本における社会の移り変わりに伴い、女性観や、自己形成の見直しなどが注目されてきているが、女性差別の意識は依然として根強く残り、特に芸術の分野においては、女性芸術家への理解が低いまま、女性は表現者として充分なパフォーマンスが発揮出来ず、作品の真価が正しく判断されない状況にあると感じている。
 
 第一章では、女性について論じる前提として、人間の自己形成に関する背景を分析する。何故なら女性の問題は、自己と周囲の環境によって形成されるため、人間が形成されるにあたって影響を与える環境要因を整理し、可視化することが重要であると考えるからである。第1節では、問題の背景にあたる世間や、家族という共同体社会で起こる、同調圧力の仕組みについて論じる。第2節では、第1節で述べた共同体内による抑圧から、自己の中に「殻」と「核」が生まれるとし、その存在をアダルト・チルドレンの概念から解き明かす。第3節では、芸術による禁忌の問題意識を例に、直感と身体を手掛かりに、自己意識の中で眠る「殻」と「核」を可視化する方法を考察する。
 
 第2章では、女性の性について論じる。女性の性を語ることと芸術との関係性は深く、それは芸術において大きなテーマとして更に理解を深め研究する価値があると考える。フェミニズム、ジェンダーを論ずるには、多様なアプローチがあるが、本論文では女性の性に着目するに留める。LGBT、ジェンダーレスなど多様なセクシャリティがあるが、他の分野には基本的に言及しないものとする。第1節では、女性を巡る問題をあげ、また、共同体で形成された女性観を検証する。第2節では性をテーマに、性の不可視化された問題と、性の持つ力を、春画を例に考察し、女性の身体から自己意識への繋がりを検証する。第3節では、抑圧された歴史の中、創作活動に挑んできた女性芸術家達の軌跡と作品を紹介する。女性芸術家たちの、作品にかけるエネルギーは、見るものを圧倒させる力がある。その作品の多くに性を扱った表現が見られるが、ここで述べる女性の性表現とは、男性の性概念と大きく異なることを強調しておきたい。女性の性表現は、生命の繋がりからなる母の存在、異性への恋慕や嫉妬の念、子への慈しみなどを主題とするケースが多く、それに伴い表現の手法にも率直さが窺える。フリーダ・カーロ、草間彌生、アリーナ・シャポツニコフなどの作家を例に、創作活動に対する姿勢から、女性の立ち位置や、共通して見えてくる「子宮」の存在について述べる。
 
 第3章では、筆者のこれまでの制作過程を述べ、2章まで述べた不可視化との関連性を述べたい。女性の持つ肉体の柔らかさや、精神の強いエネルギーの印象を表現するには、有機的な造形が可能で、更に透過性を持つガラス素材が適材であると考えている。鑑賞者が見ることができるのは、既に成形された作品である。そこに至る工程には、制作者の経験と知識、培われた直感といった背景があるが、それを知る者は少ない。筆者は吹きガラス技法の成形時に見える景色、またその時に生じる直感と身体が融合された感覚の洞察は、本論文のテーマと結合していると感じている。制作にあたっては、金属や陶磁器を胎とし、そこにガラスを吹き込み、成形する技法を用いる。胎にガラスを吹き込む瞬間に起こる素材の動きや表情は、予測不可能であり、偶然による形が生まれる。そこには理屈の及ばない世界観が可視化され、抑圧からの精神の解放や、生命の持つ強いエネルギーなど、様々なイメージを連想させる作用がある。それらを用いて、成形、加工した作品とともに、吹き込みを行っている映像を交え、インスタレーションによる表現手法を試みる。筆者の思う作品の完成形は、完成した作品とは別に、制作過程に見える光景、特に胎にガラスを吹き込んだ際に見える景色を映像として同時に展開する事にある。また、陶磁器に吹き込んだ際、温度差によって胎の陶磁器に割れが生じ、その中からガラスが膨らむ姿は、生命の内側からの力や強い鼓動を感じ、筆者の思う「可視化」表現に繋がると考え、博士審査作品とともに検証する。
 
 結では、これまで述べた章立てを振り返り、本論文の意義や、今後の課題を述べ、まとめとする。
審査委員
藤原信幸 小松佳代子 豊福誠 三上亮

治部 亜美香

胎吹きガラスによる感覚的洞察と女性性の可視化


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