Conservation

キジル第14窟主室正壁仏龕の復元研究

何 韵旺

研究目的
本研究は、キジル14窟仏龕内部の金属箔表現について、実技的な見地及び文献資料から研究を行い、仏龕ならびに仏像の模造と変色した仏龕内部の金属箔と彩色の想定復元を通して、仏龕の空間と仏像の三次元的な関係性を具体的に検証し、当初の様子や箔が使用された理由について可能な限り明らかにすることを目的とする。
キジル仏龕に関する図像学研究において、宮治昭はキジル仏龕の表現がガンダーラ美術でとりわけ人気を博した「帝釈窟説法」浮彫(第二タイプ)から影響を受けたものであることが明らかにしている。この「帝釈窟説法」の仏伝美術は、仏教経典に記された仏陀の禅定によって煌々たる光が仏陀から発せられたというエピソードを造形化したものである。ガンダーラの「帝釈窟説法」浮彫では、仏龕内部の側壁や周縁部に火焔の文様を掘り出すことによって、仏教経典の通り、仏陀の「火焔三昧」を表現していることが判っている。また、浮彫仏龕の周囲に集まった多くの神々や動物たちは、釈迦を中心に放射状に配置されており、釈迦の光輝で照らされたことを造形的に暗示しているという。一方、キジル仏龕における「帝釈窟説法」の表現は、ガンダーラ浮彫と同じ図像形式や内容配置を持つものの、その主題で最も強調されるはずの「火」と「光」に関する表現が仏龕内部の側壁や周縁部に見られず、図像学面での解読は十分に行われていない。

研究方法
 以上の研究目的を実現するため、本研究はキジル石窟の地理、風土、歴史、文化、宗教といった背景を多角的に研究し、得られた知見をキジル石窟の芸術理解の基礎とする。次に、先行研究で得られた科学調査によるデータの参照、類似作例との比較などを通して研究を進める。さらに、仏龕の想定復元制作から視覚的表現効果を検証し、当初の仏龕内部の空間と仏像との関係が如何なるものであったかを考察していく。

3-1 事前研究 
文献史料及び先行研究の調査結果から、現時点での作品情報を整理する。

3-2 原本の現状調査
筆者は、2010年の現地調査において、仏龕の現状を記録し、仏龕内部側壁の箔足の寸法を測り、仏龕内部の表現パターンの系統的なデータを作った。また、仏龕の寸法、仏龕内側壁の箔、仏龕内正壁の図様や彩色の欠損、剥落などを識別するために窟の実地調査などを行った。本研究では、これらの調査結果をもとにした損傷地図を作成する。

3-3 図様の想定復元と彩色技法の検証
 調査結果に基づき、仏龕の縁、仏龕内部正壁及び台座の図様の想定復元を行う。図様の欠損箇所の想定復元に際にしては、これまでに出版されている図版から画像を収集し、図様の近似や差異を把握する。欠損の多い龕の縁や内部の正壁は、参考作品や調査資料などから比較的読み取り可能な情報を抽出し、欠損している部分を補完する。
仏龕台座は資料が乏しいが、キジル76窟から出土した木彫を参考にして想定復元を行う。仏像の彩色も同様に現地調査や先行研究の情報を整理し、類似作例を参照しながら色材を推定していく。その際、原本と近い下地の上に岩絵具などを使用した彩色サンプルを作成し、彩色技法の検証を行う。これにより、配色に関する問題点が明らかになり、より妥当性の高い表現技法を導き出すことができる。

研究意義
本研究では、先行研究を踏まえて「帝釈窟説法」の主題が典拠する仏教経典の読み返しながら、仏龕内部に使用された金属箔に着目し、仏教経典による主題と材料表現の関連から、現状のキジル仏龕に見られない「火」と「光」の表現について、新たな解釈を提示するものである。
ただし、現在キジルのほとんどの仏龕において仏像は残存していない、従って、当初の仏龕と仏像は如何なる関係だったのかは明らかにされていない。本研究における仏龕と仏像の想定復元によって、仏龕の空間と仏像が三次元的な関係性を構築していたことを視覚的に提示できれば、現存していない仏像の様子を推測できる。そうした本研究の方法論はキジル芸術の研究を進展させ、西アジア、東アジア地区の仏龕研究にとっても、重要な先駆的意味があるものと考える。


審査委員
荒井経 有賀祥隆 宮迴正明 木島隆康 大竹卓民 狩俣公介

何 韵旺

キジル第14窟主室正壁仏龕の復元研究


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