Conservation Science

竹紙の性状に及ぼす煮熟方法の影響

鍾 佳榮

1. 研究目的
竹紙は中国唐代から漉かれたとみられ、薄いわりに丈夫、平滑で、発墨性や滲み効果も良い。そのため、中国の書画、書籍に用いられている紙に占める竹紙の割合は大きい。日本においても中国との交流により仏典書画などの形、或いはこれらの素材として竹紙が招来されている。これらの文化財の保存修復には当時の竹紙と同等な良質の竹紙が望まれているが、中国で現在製造されている竹紙はその質が低いと言われている。さらに現代では漂白などに化学薬品などが使用されることもあり、文化財修理に用いる材料としての保存性も心配されている。よってその品質の改善が望まれている。そこで、保存性のより良好な竹紙を作成するために、中国で発酵処理した粗竹繊維に対して煮熟方法あるいは発酵段階の違いによる影響を明かにし、よりよい製造法を提言することを、本研究の目的とした。

2. 煮熟剤の違いが竹紙の性状に及ぼす影響
伝統的な手漉き竹紙の製造過程は複雑で時間を要するため、中国の鉛山において竹を①水浸漬発酵、②石灰液浸漬発酵(1回目)、③石灰液浸漬発酵(2回目)して調製された粗竹繊維を入手した。この粗竹繊維を用いて、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)および石灰(水酸化カルシウム)の3種の煮熟剤の違いにより製造した竹紙の物性や耐久性を検討した。煮熟速度は苛性ソーダ>ソーダ灰>石灰の順であった。叩解後抄紙したところ、ソーダ灰88%(C88)と石灰94%(以下L94)では結束繊維が残り、地合(シート中の繊維分布の均一性)が悪かったため、煮熟時間を延ばし、ソーダ灰82%(C82)および石灰84%(L84)も抄紙した。長時間煮熟した石灰84%(L84)ではセルロースの重合度が大幅に低下し、紙の耐折強さや引裂強さも大きく低下していた。抄紙した竹紙の初期pHは8.7~9.2と高く、高濃度のドウサを塗布してもpHは7.9以上を保っていた。そのため、湿熱劣化処理によるセルロースの重合度や紙の強度低下は小さいものであった。この高いpHの安定性は石灰液中での浸漬発酵処理時に繊維中に石灰が浸透し、紙中に残留しているためである。苛性ソーダ煮熟ではソーダ灰煮熟と較べてグルクロノキシラン(ヘミセルロースの主成分)量がより多く減少していたが、セルロースの重合度はソーダ灰煮熟と大きな差はないことから、煮熟条件を緩和すれば、より良好な結果が得られる可能性がある。

3. 発酵工程の違いによる影響
鉛山の竹紙は水浸漬発酵(W)、石灰液浸漬発酵1回目(L1)、石灰液浸漬発酵2回目(L2)の処理後に煮熟して製造されている。各発酵段階の粗繊維をソーダ灰及び苛性ソーダで煮熟して発酵段階の違いによる竹紙の保存性を検討した。
発酵処理が進むとセルロースの重合度が低下し、製造した竹紙の耐折強さと引裂強さを低下する。竹紙中の灰分量は水発酵のみ(W)ではほとんど含まれず、石灰液浸漬発酵処理1回(L1)そして2回(L2)と増加した。そのため、ドウサ引きするとWでは大きくpHが低下し、L2がもっとも低下量が少なかった。L1では低下するものの、高濃度ドウサ液でもpHは7以上となっており、実用上問題とならないアルカリリザーブ量の石灰を含む。よって、石灰液浸漬発酵処理による物性の低下はあるが、保存性を考えるならば石灰液浸漬発酵処理1回の粗竹繊維を煮熟するのが良いと言える。
ソーダ灰の方が苛性ソーダよりも穏やかなため、セルロースの重合度やグルクロノキシランの存在量の低下も少なかった。しかし、苛性ソーダでも煮熟条件を緩和すればソーダ灰同様使用可能である。

4. まとめ
煮熟剤としては石灰より苛性ソーダやソーダ灰の方が適している。現在の2段階の石灰液浸漬発酵処理は繊維中に多量の石灰が保持される処理であり、竹紙に独特の性状を付与する。竹紙の長期保存性に関与するアルカリリザーブとしては、1回の石灰浸漬発酵処理で十分であり、この方が2回の石灰浸漬発酵処理したものよりも浸漬発酵処理中の物性の低下が少ないため良い。
本研究では、保存修復用の竹紙の生産方法としては、石灰液浸漬発酵処理は必要であるが、現状の方法よりも処理段階を減らす方が良い竹紙を製造できることを明かにした。これは、伝統的な粗竹紙製造の石灰液中での浸漬発酵処理を行わない現代の竹紙製造法に対する優位性を裏付け、またコスト的な問題も改善できるので、今後の良質な竹紙の安定供給の道を開き、ひいては多くの竹紙文化財の保存に寄与する成果である。
審査委員
稲葉政満 桐野文良 塚田全彦 木島隆康

鍾 佳榮

竹紙の性状に及ぼす煮熟方法の影響


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