Oil Painting
巫の芸術 ―霊力の顕現
岡本 瑛里
論文要旨
巫者は霊魂や神仏などの目に見えないものと人々との境に立ち、両者の関係を執り持つ存在である。巫者が対する霊魂は非常に古い。これらは人聞が自分たちを取り囲む圧倒的な自然、誕生や死、動植物などから見出したものである。自然が自分たちの生活を左右する不安定な環境において、人々にはこれらの霊魂と交流してその心情を語り、また人々の
思いを伝える巫者が必要不可欠であった。
一方でこの巫者に例えられる岡本太郎や、産者に自らをなぞらえるM.デュマスがいる。どちらの例とも人間の原初的な部分に着目し、それらを自らの思考と感情を通じて制作する作家の姿勢を表現してのことらしい。また一般的にも「アイディアが降りてきた」という巫者的存在を暗に示す創作に関わる言いまわしがある。
筆者は同化主義ではなく多文化主義的なグローバル社会で現代見られるべき絵画を制作するにあたり、足下の日本列島の文化の基底を成す、生活の中で伝承されてきた見えない存在へのまなざしと働きかけを主眼においてきた。第ーにこれが私自身のものの見方を無意識のうちに構成しており、第二にこれが地球上のさまざまな気候風土下で生きる一生物種としての人聞を、地球を介した根源的なところで繋く可能性を持っていると考え、現在少しの実感も得ているからである。
このような観点から、本論では同時代の望みや悩み、問題点を霊魂に問い、そこから得られた助言を伝えたり、象徴的な儀礼を行う巫者と、同時代に抱いた疑問を、欧米化や合理化に基づく価値観から離れたより根源的な観念を通して絵画表現する美術作家とを比較する。そして、そこから得られる絵画表現の新しい方法の可能性や、制作姿勢を探る。
各章概要
本論文の構成は、以下の序章と三章、終章から成る。
序章では「余所者の視点」と題し、日本の民俗にみられる精神世界を、生命力に満ちた絵画として現代に表現する方法の考察を、本論文の研究テーマとして提示する。また、ベッドタウンに生まれ育った筆者が、宗教への関心と留学を経て、その生活環境では希薄な民俗に関心を持つに至った経緯を述べ、本論の見地を明確にする。最後に、基底文化としての民俗にみられる、土地に根ざした生活から生まれた視点が、地球の持続可能性や生命および文化の多様性の観点から、国際的にも今日重視すべきものであることを示し、この主題を扱う社会的意義を示す。
第一章では、「霊力の顕現アニミズムの造型」として、日本の民俗における人間と、人間以外の存在の関係を、科学と筆者の実体験を交えて解釈する。これにより、民俗に基づいた精神世界を絵画として表現するにあたり、人間と人間以外の存在を優劣のない、等価な霊として捉える筆者の姿勢や、筆者が考える霊力の観念について述べる。
続いて、民俗に基づく精神をその構造を伴う視覚表現として作画するにあたり、先例となるキリスト教美術や、仏教美術、垂迹美術、民間信仰に見られる造型を取り上げ、画面の分割や異時同図法、視線誘導による画中の空間設定について述べる。また、それらを参照した筆者による作画の例を挙げる。
更に、人間以外の存在に霊カを見出し、描画に影響を受けていると考えられる先行作品を取り上げ、そこに見られる「よじれ」「エフェクト」「密集」などの動きに関する要素を、自然界の造形の特徴を鑑みつつ分析する。加えて、筆者の作品中に於けるこれらの要素の用法を述べる。
最後に、欧州から日本に油画が輸入された際、光や明暗の表現が特に注目された。キリスト教宗教画ではこれを霊性の表現として重用するが、ここではその特徴を検証し、筆者の作品に与えている影響と効果を考察する。
小結として、総論と先行作品を受けた筆者の作品の構想、作画、彩色と陰影の経緯を述べ、総括する。
第二章では、「巫の芸術一作家の姿勢」と題し、「巫」について論じる。この「巫」とは、遊行僧や出口なおなど、各々の生活の中で抱いた社会への気付きを、民間信仰などの伝承された精神に基づいて表現した者を指す。またそれに伴い、筆者が自らの関心に従って取材に出ることで得る観察や霊感、技法の変化について述べる。その上で、筆者が遭遇し実感した手仕事の呪術性や、過剰性、装飾性について考察する。小結として、筆者にとっての理想的な制作姿勢と、その解釈を述べる。
本論では最後に、民俗に主眼を置いた作品の社会的立場について述べる。民俗は、世界各地で何世代にもわたって営まれてきた生活のなかで発生し、変化と継続を続けてきた。しかし筆者自身はそれらの希薄なベッドタウンの出身である。この視座からの考察であることも踏まえながら、グローパル社会の目的が文化の均一化から共存に移り変わって久しい現代において、作品が各々の文化的背景を映すフィルターとなることを述べる。その上で、芸術によって異文化圏にある人々が互いの文化の相違点と共通点を認識する意味と可能性について論じる。
巫者は霊魂や神仏などの目に見えないものと人々との境に立ち、両者の関係を執り持つ存在である。巫者が対する霊魂は非常に古い。これらは人聞が自分たちを取り囲む圧倒的な自然、誕生や死、動植物などから見出したものである。自然が自分たちの生活を左右する不安定な環境において、人々にはこれらの霊魂と交流してその心情を語り、また人々の
思いを伝える巫者が必要不可欠であった。
一方でこの巫者に例えられる岡本太郎や、産者に自らをなぞらえるM.デュマスがいる。どちらの例とも人間の原初的な部分に着目し、それらを自らの思考と感情を通じて制作する作家の姿勢を表現してのことらしい。また一般的にも「アイディアが降りてきた」という巫者的存在を暗に示す創作に関わる言いまわしがある。
筆者は同化主義ではなく多文化主義的なグローバル社会で現代見られるべき絵画を制作するにあたり、足下の日本列島の文化の基底を成す、生活の中で伝承されてきた見えない存在へのまなざしと働きかけを主眼においてきた。第ーにこれが私自身のものの見方を無意識のうちに構成しており、第二にこれが地球上のさまざまな気候風土下で生きる一生物種としての人聞を、地球を介した根源的なところで繋く可能性を持っていると考え、現在少しの実感も得ているからである。
このような観点から、本論では同時代の望みや悩み、問題点を霊魂に問い、そこから得られた助言を伝えたり、象徴的な儀礼を行う巫者と、同時代に抱いた疑問を、欧米化や合理化に基づく価値観から離れたより根源的な観念を通して絵画表現する美術作家とを比較する。そして、そこから得られる絵画表現の新しい方法の可能性や、制作姿勢を探る。
各章概要
本論文の構成は、以下の序章と三章、終章から成る。
序章では「余所者の視点」と題し、日本の民俗にみられる精神世界を、生命力に満ちた絵画として現代に表現する方法の考察を、本論文の研究テーマとして提示する。また、ベッドタウンに生まれ育った筆者が、宗教への関心と留学を経て、その生活環境では希薄な民俗に関心を持つに至った経緯を述べ、本論の見地を明確にする。最後に、基底文化としての民俗にみられる、土地に根ざした生活から生まれた視点が、地球の持続可能性や生命および文化の多様性の観点から、国際的にも今日重視すべきものであることを示し、この主題を扱う社会的意義を示す。
第一章では、「霊力の顕現アニミズムの造型」として、日本の民俗における人間と、人間以外の存在の関係を、科学と筆者の実体験を交えて解釈する。これにより、民俗に基づいた精神世界を絵画として表現するにあたり、人間と人間以外の存在を優劣のない、等価な霊として捉える筆者の姿勢や、筆者が考える霊力の観念について述べる。
続いて、民俗に基づく精神をその構造を伴う視覚表現として作画するにあたり、先例となるキリスト教美術や、仏教美術、垂迹美術、民間信仰に見られる造型を取り上げ、画面の分割や異時同図法、視線誘導による画中の空間設定について述べる。また、それらを参照した筆者による作画の例を挙げる。
更に、人間以外の存在に霊カを見出し、描画に影響を受けていると考えられる先行作品を取り上げ、そこに見られる「よじれ」「エフェクト」「密集」などの動きに関する要素を、自然界の造形の特徴を鑑みつつ分析する。加えて、筆者の作品中に於けるこれらの要素の用法を述べる。
最後に、欧州から日本に油画が輸入された際、光や明暗の表現が特に注目された。キリスト教宗教画ではこれを霊性の表現として重用するが、ここではその特徴を検証し、筆者の作品に与えている影響と効果を考察する。
小結として、総論と先行作品を受けた筆者の作品の構想、作画、彩色と陰影の経緯を述べ、総括する。
第二章では、「巫の芸術一作家の姿勢」と題し、「巫」について論じる。この「巫」とは、遊行僧や出口なおなど、各々の生活の中で抱いた社会への気付きを、民間信仰などの伝承された精神に基づいて表現した者を指す。またそれに伴い、筆者が自らの関心に従って取材に出ることで得る観察や霊感、技法の変化について述べる。その上で、筆者が遭遇し実感した手仕事の呪術性や、過剰性、装飾性について考察する。小結として、筆者にとっての理想的な制作姿勢と、その解釈を述べる。
本論では最後に、民俗に主眼を置いた作品の社会的立場について述べる。民俗は、世界各地で何世代にもわたって営まれてきた生活のなかで発生し、変化と継続を続けてきた。しかし筆者自身はそれらの希薄なベッドタウンの出身である。この視座からの考察であることも踏まえながら、グローパル社会の目的が文化の均一化から共存に移り変わって久しい現代において、作品が各々の文化的背景を映すフィルターとなることを述べる。その上で、芸術によって異文化圏にある人々が互いの文化の相違点と共通点を認識する意味と可能性について論じる。
審査委員
秋本貴透 佐藤道信 OJUN 佐藤一郎 赤坂憲雄
秋本貴透 佐藤道信 OJUN 佐藤一郎 赤坂憲雄