Conservation Science
展示ケースに用いる合板からの酢酸放散に関する研究
古田嶋 智子
審査委員
稲葉政満 桐野文良 佐野千絵 塚田全彦 長尾充
稲葉政満 桐野文良 佐野千絵 塚田全彦 長尾充
本論文は、文化財展示施設における気密性が高い展示ケースに用いる合板からの酢酸放散量低減化のために、その挙動を解明し、合板選定の指標を提案することを目的とした。全8章からなり、以下のことを明らかにした。
第1章 序論
近年の文化財展示施設における展示ケースを構成する建築材料からの化学物質の放散は、展示ケースの気密性と相乗して、展示ケース内空気の汚染濃度を上昇させる。汚染濃度を上昇させる展示ケースの構成材料の一つに合板が挙げられ、その酢酸の放散量の大きさと長期的な放散が問題となっている。
合板は、薄板材と接着剤の層構造からなる。合板からは薄板材中のヘミセルロースに存在するアセチル基が遊離して、酢酸が発生する。しかし、合板に用いる薄板材の樹種ごとの酢酸放散に関する情報はない。また、合板に用いる接着剤からの酢酸放散もよく知られていない。こうした合板からの酢酸放散要因が明らかでない現状で、合板からの酢酸放散を軽減、抑制する手段は限られ、合板を選定するための情報は不足している。
第2章 展示ケースの構成材料を対象とした放散試験法の確立
展示ケース構成材料からの酢酸放散量の正確な測定にはチャンバー法が適切だが、日本工業規格(JIS)が定める小型チャンバー法は居住環境における人体影響を考慮している。そのため、展示ケース内の展示品への影響を考慮して測定濃度範囲、測定時間、試験温度の条件について改変をおこなった。
第3章 展示ケースの構成材料からの酢酸の放散
放散試験の結果、展示ケースの各種構成材料の中で、展示床基材の合板からの酢酸放散速度が大きいことを確認した。展示ケース内濃度の試算により、展示床から発生する酢酸によって展示ケース内酢酸濃度が濃度指針値を超え、展示品に危険が及ぶことを示した。
第4章 合板からの酢酸放散挙動
種々の合板を用いた放散試験を実施し、得られた酢酸放散速度の経時変化にChangらの提案する二重指数関数モデルのあてはまりがよいことを再確認した。回帰分析による一次減衰初期放散速度と一次減衰定数は同一ロットでも異なったが、二次減衰初期放散速度と二次減衰定数はロットごとに近似した値となり、その後の減衰挙動がロットごとに同様となることを示した。どの合板からの酢酸放散も、一次減衰は3日間程度で終了し、その後は二次減衰となった。算出した合板の酢酸総発生量に二次減衰時の酢酸発生量が占める割合は、全ての合板で80%以上と大きかった。よって、実用上は二次減衰時の酢酸発生量が重要である。
第5章 合板からの酢酸放散に及ぼす接着剤の影響
合板に用いる3種の接着剤による放散試験の結果、メラミン・ユリア樹脂接着剤、ユリア樹脂接着剤で酢酸の放散を確認した。フェノール樹脂接着剤は、試験開始数時間後には定量下限値を下回った。よって、合板からの酢酸放散量の低減にはフェノール樹脂接着剤の使用が有効である。
第6章 合板からの酢酸放散に及ぼす薄板材の影響
フタバガキ科ラワン材3種、メランチ、カプール、クルインの薄板材における酢酸放散速度の二重指数関数モデルを用いた回帰分析は、実測値とのあてはまりがよく、その挙動は合板と同様であった。酢酸総発生量は大きい順にクルイン、カプール、メランチであった。樹種により酢酸放散挙動が異なることから、材の樹種選定により合板からの酢酸放散量の低減が可能である。第5、6章の結果から、合板に用いる接着剤は合板からの酢酸放散量への寄与は小さく、合板の主たる酢酸放散要因は薄板材である。
第7章 薄板材に用いられる木材樹種の糖組成と酢酸放散
ヘミセルロース中の広葉樹キシランは、酢酸放散要因であるアセチル基を有する。そこで、中性糖分析により薄板材に用いる3樹種のキシラン含有量を求めた。キシラン含有量の割合は大きい順にクルイン、カプール、メランチであり、薄板材の酢酸総発生量の順と一致する。また、キシラン量と酢酸の二次減衰初期放散速度、及び酢酸総発生量には相関がみられた。よって、キシラン含有量より薄板材ごとの酢酸総発生量を推察できる。
第8章 総括
展示ケースに用いる合板からの酢酸放散挙動を明らかにし、その数的処理法を確立した。二次減衰時の酢酸発生量より合板や薄板材からの酢酸総発生量の把握が可能である。また、キシラン量の測定からも薄板材からの酢酸総発生量を推察できる。これらを酢酸放散が小さい合板や薄板材の選定指標として提案する。本研究で示した酢酸発生量の予測は、合板以外の木質材料にも応用できる可能性を含んでおり、文化財展示施設での安全な木質材料の選択に幅広く貢献できると考える。
第1章 序論
近年の文化財展示施設における展示ケースを構成する建築材料からの化学物質の放散は、展示ケースの気密性と相乗して、展示ケース内空気の汚染濃度を上昇させる。汚染濃度を上昇させる展示ケースの構成材料の一つに合板が挙げられ、その酢酸の放散量の大きさと長期的な放散が問題となっている。
合板は、薄板材と接着剤の層構造からなる。合板からは薄板材中のヘミセルロースに存在するアセチル基が遊離して、酢酸が発生する。しかし、合板に用いる薄板材の樹種ごとの酢酸放散に関する情報はない。また、合板に用いる接着剤からの酢酸放散もよく知られていない。こうした合板からの酢酸放散要因が明らかでない現状で、合板からの酢酸放散を軽減、抑制する手段は限られ、合板を選定するための情報は不足している。
第2章 展示ケースの構成材料を対象とした放散試験法の確立
展示ケース構成材料からの酢酸放散量の正確な測定にはチャンバー法が適切だが、日本工業規格(JIS)が定める小型チャンバー法は居住環境における人体影響を考慮している。そのため、展示ケース内の展示品への影響を考慮して測定濃度範囲、測定時間、試験温度の条件について改変をおこなった。
第3章 展示ケースの構成材料からの酢酸の放散
放散試験の結果、展示ケースの各種構成材料の中で、展示床基材の合板からの酢酸放散速度が大きいことを確認した。展示ケース内濃度の試算により、展示床から発生する酢酸によって展示ケース内酢酸濃度が濃度指針値を超え、展示品に危険が及ぶことを示した。
第4章 合板からの酢酸放散挙動
種々の合板を用いた放散試験を実施し、得られた酢酸放散速度の経時変化にChangらの提案する二重指数関数モデルのあてはまりがよいことを再確認した。回帰分析による一次減衰初期放散速度と一次減衰定数は同一ロットでも異なったが、二次減衰初期放散速度と二次減衰定数はロットごとに近似した値となり、その後の減衰挙動がロットごとに同様となることを示した。どの合板からの酢酸放散も、一次減衰は3日間程度で終了し、その後は二次減衰となった。算出した合板の酢酸総発生量に二次減衰時の酢酸発生量が占める割合は、全ての合板で80%以上と大きかった。よって、実用上は二次減衰時の酢酸発生量が重要である。
第5章 合板からの酢酸放散に及ぼす接着剤の影響
合板に用いる3種の接着剤による放散試験の結果、メラミン・ユリア樹脂接着剤、ユリア樹脂接着剤で酢酸の放散を確認した。フェノール樹脂接着剤は、試験開始数時間後には定量下限値を下回った。よって、合板からの酢酸放散量の低減にはフェノール樹脂接着剤の使用が有効である。
第6章 合板からの酢酸放散に及ぼす薄板材の影響
フタバガキ科ラワン材3種、メランチ、カプール、クルインの薄板材における酢酸放散速度の二重指数関数モデルを用いた回帰分析は、実測値とのあてはまりがよく、その挙動は合板と同様であった。酢酸総発生量は大きい順にクルイン、カプール、メランチであった。樹種により酢酸放散挙動が異なることから、材の樹種選定により合板からの酢酸放散量の低減が可能である。第5、6章の結果から、合板に用いる接着剤は合板からの酢酸放散量への寄与は小さく、合板の主たる酢酸放散要因は薄板材である。
第7章 薄板材に用いられる木材樹種の糖組成と酢酸放散
ヘミセルロース中の広葉樹キシランは、酢酸放散要因であるアセチル基を有する。そこで、中性糖分析により薄板材に用いる3樹種のキシラン含有量を求めた。キシラン含有量の割合は大きい順にクルイン、カプール、メランチであり、薄板材の酢酸総発生量の順と一致する。また、キシラン量と酢酸の二次減衰初期放散速度、及び酢酸総発生量には相関がみられた。よって、キシラン含有量より薄板材ごとの酢酸総発生量を推察できる。
第8章 総括
展示ケースに用いる合板からの酢酸放散挙動を明らかにし、その数的処理法を確立した。二次減衰時の酢酸発生量より合板や薄板材からの酢酸総発生量の把握が可能である。また、キシラン量の測定からも薄板材からの酢酸総発生量を推察できる。これらを酢酸放散が小さい合板や薄板材の選定指標として提案する。本研究で示した酢酸発生量の予測は、合板以外の木質材料にも応用できる可能性を含んでおり、文化財展示施設での安全な木質材料の選択に幅広く貢献できると考える。