東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Sculpture

光の現象をめぐる彫刻表現

川島 大幸

審査委員
●林武史(彫刻科教授)、◯布施英利(芸術学科准教授)、◎原真一(彫刻科准教授)、佐藤時啓(先端芸術表現科教授)、大巻伸嗣(彫刻科准教授)
 本論文は光と視覚、知覚、かたち、光の現象による異世界について科学的事実と制作の中での実体験を交えて、彫刻と光の現象の関係を考察する。 

 かたちの認識は触覚と視覚による認識のそれぞれ、または両方により可能である。人の視覚は色の変化や光と影の関係から、そこにかたちが生まれていると認識する。これは実在するかたちだけではなく、絵画や、映像による3DCGの中にも見ることができる。近年の視覚による立体認識・視覚表現技術の発達は著しいものがある。本論文では視覚の認識によるかたちを「視覚のかたち」という言葉で提示する。
 人は日常の中で、ものを認識する行為の大部分を視覚に頼っている。ちょうど筆者(1987年生まれ)が育った90年代からゼロ年代は、急激に視覚的な刺激が増えた時代である。その意味に於いて光の刺激からは切っても切り離すことができない世代でもある。また、人はこれまでの歴史の中で、文化や宗教、生活に光との密接な関係をみることができる。そして、光の現象は変化をするという特徴をもつ。これは実体験することでしか感じることができない。それは彫刻と共通する部分でもある。
 そこで、筆者は光について考察していく。その中で光を受容する器官としての視覚について、さらには視覚を有している人の知覚について述べる。
 視覚は曖昧で不確かなものである。また、視覚は周囲の状況や環境、見る側の精神状態、人の身長や動き、年齢など個人差があり差異が生じるものである。これらのことから、ほんの少しの視覚の差異により「ここではない何処か(異世界)」をみることができる可能性がある。
 さらに、光の現象が付随することにより、その物体がもつ物質性が減少して見えることがある。この現象は減じた物質性と引き換えに異世界を物体にもたらす効果がある。これは視覚的な刺激が増えたことと関係し、映画や文学などにより広く大衆に異世界が認識、理解されたことで、知覚することが可能となるものである。
 また、人は視覚により光を受容し、精神に高揚やカタルシス、安心感が生ずる。光を受容する器官としての視覚はゲーテの言葉を引用すると精神に近いものであり、現代に於いて切り離すことができないことを考えれば、視覚は現代の精神であると捉えることができる。
 筆者は視覚が現代の精神であり、光の現象は異世界への入り口であると考え、それらが付随する彫刻とは何かについて考察していく。


 本論文は全体を以下の序章・3つの章・終章によって構成している。

 序章では、本論文への導入として、筆者の彫刻の根本である「在ること」、光と視覚、知覚について、「視覚のかたち」、「異世界」についてふれる。

 第1章は「光の依代としての彫刻」と題し、普段の制作の中で実感する自身の身体ともの、光の関係、現代のかたちの在り方、彫刻の痕跡と存在について記述する。また、視覚が遮断された時の知覚についての体験を述べ、プリズムとスペクトルについて、投影と実体について高松次郎やプロジェクションマッピング、映画、ホログラムなどを取り上げ、自身の考えを述べる。加えて、視覚のかたちについて言及する。

 第2章は「異世界への入り口としての光」と題し、母親の死による空虚なこころを満たした木漏れ日に、物質と光の現象、光源の関係をみて、彫刻にその可能性を見い出したことを記述し、光を受容する器官としての視覚がもつ曖昧さ、不確かさにより、体験することの必要性と変化をするという特徴を述べるとともに、それらの特徴から起こる異世界を日常、文学、映画から考察する。日常に潜む光の現象による異世界として夜間の電車やショーウィンドウの闇とガラスの関係性を取り上げ、文学は谷崎潤一郎『陰翳礼讃』から視覚の特徴と谷崎の文面からみる異世界にふれ、映画からは『ミッション:8ミニッツ』、『2001年宇宙の旅』の中で使われる光の扱いから異世界について考察する。また、身体と艶の関係について考えを述べる。

 第3章は「光の現象をめぐる彫刻表現」と題し、第1章と第2章で述べてきた光と視覚、かたちについての考えから、自作品に光を取り込んだ博士展提出作品《Interacting garden: BLUE》、《水神 -natural born-》、《STONE -prototype-》、《INVISIBLE》を題材に、作品形成の過程について言及する。また、冒頭で筆者の現在の彫刻観を記述する。

 終章では、ここまでの考えから導き出される筆者の彫刻と光の現象との関わりについて述べ、異世界への入り口となる光の現象と現代の精神と言える視覚を纏わせた彫刻の可能性について結論を述べる。

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川島 大幸
略歴
2011年3月 東京藝術大学美術学部彫刻科卒業
2013年3月 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了