研究目的
本論文は、草間彌生の1958年から1968年にニューヨークで制作した四つの作品を研究対象として取り上げる。これら四作品の分析を行い、草間の現在に至るまでの作品群において見られる「反復と循環」を考える。
1989年のCICA(ニューヨーク、国際現代美術センター)での大規模な回顧展以降、回顧的な内容の展覧会が多く、草間を語る上で多くの場合、1960年代前後の作品が最も重要視されている。それは、1960年代がアメリカ社会において、大きなうねりのある、特質的な時代だったこと、その時代と草間の作品が様々なレベルで合致し、共鳴していたこと、そして、この時期に草間がたどり着いた作品形態が、その後、半世紀に渡り、少しずつ変容しながら、反復を繰り返し、草間のアーティスト人生を循環しながら、形作っているからだと言える。それはつまり、ニューヨーク滞在時期の1958年から1968年の10年間に、草間は絵画、スカルプチュア、エンヴァイロメント、ハプニングにおける、四つの異なる方程式にたどり着き、1968年以降はそれを応用しつつ半世紀以上に渡り作品を作り続けている、ということだ。しかし、それらが単なるバリエーションに留まらないのは、その方程式から社会的な意味を排除し、普遍性のある哲学的主張や認識しやすいモチーフを当てはめているからだろう。
本稿では、この「反復と循環」を解明する過程で、草間の作品と展示空間との関わりが、いかにダイナミックに変容してきたのかを明らかにする。作品と展示空間との関わりとは、現実世界に、アーティストが作り上げた作品がどの様に存在するか、又は、したかということだ。それと同時に本稿では、草間がニューヨークのアートシーンの動向やアメリカ社会の変化をいかに敏感に感じ取り、作品に反映したのかを観察する。この作業により、更に大きな枠組みの中で草間の作品を解読し、コンテンポラリー・アートにおける草間の作品の意味を再度問い、作品と展示空間の関係に内在する可能性を考えることを、本研究の目的とする。
論文の構成
第一章、「背景」では、1958年以前の草間彌生と第二次世界大戦終戦後、とりわけ1950年代前後のアメリカ社会とその中にあるニューヨークのアートの二つの部分に分ける。これにより、本論文の論点が草間の個人史とニューヨーク(もしくはアメリカ)のアート史(文化史)の時系列の中で、どこに位置するのかを、本稿の前提として示す。本章以降、筆者は、草間の作品を出来るだけアーティスト本人の個人的経験とは切り離して考察したいと考えているが、ここでは予備知識として、彼女の個人史を記すことにする。
更に、1960年代前後のアメリカにおけるソーシャル・ムーブメントについて記述し、草間がニューヨークで制作していた当時の社会的な変化を明確にする。ここでは、ヴェトナム戦争に対する反戦運動、カウンターカルチャー、そしてセクシャル・レボリューションに特にフォーカスし、その後、どの様にアーティストが社会に対して反応し、アーティストの社会的立ち位置や役割が変化したのかを、エンヴァイロメント・アートやラディカルなアートムーブメント、そして女性アーティストの具体例を交えながら考える。
第二章、「原型:作品形態の変容(1958年〜1968年)」では、1958年から1968年の間に草間の作品が平面、立体、インスタレーション、ハプニング(パフォーマンス)に変容していった過程を考察する。まず、四つのカテゴリーの各例をここで示し、それらがどのように展示、批評されたか、どのように展開し、他の作品形態に移行していったかを、写真、展示資料、批評文などを用いて検証する。
第三章は、「草間彌生のオリジナルへの執着」と題し、草間彌生が発案者だと主張する、他のアーティストの作品と、それに対するそれぞれの主張を比較する。草間は、インタビューや執筆した文章の中で自らの流行に左右されない独自性や、他のアーティストが自分のアイディアや手法を模倣した又は、自分がアイディアソースだという主張を繰り返している。ここで重要なのは、各主張の正当性を問うのではなく、アーティストが時代に少なからず影響され、それを反映する様に作品を作っている事、それにより、アートと時代の間に密接な関係性があるという事を証明する事である。それにより、草間の時代的重要性を明確にする。
第四章、「変形:作品形態の反復パターン」では、第二章で検証した各作品形態が、その後の作品制作の中でどのように反復され、発展され、循環しているのかを検証する。ドットが作品の中で反復する様に、草間の作品形態そのものも、彼女のキャリアの中で反復している。草間の半世紀以上に及ぶ長いキャリアの全容を把握するために、「マトリックス図:1958年〜2000年の草間の作品における形態の変容と反復」と題し、本稿の中心になっている、1958年〜1968年とそれ以降の2000年までの作品形態の特性を図上で分ける。同様に、タイムライン上でも作品を分類し、検証する。
終章「結文」では、本稿を通じて明らかになった、コンテンポラリー・アートにおける草間の作品の意義、作品と展示空間の関係に内在する可能性をまとめる。すなわち、草間の作品がいかにして展示空間との関係性を構築し、変容したのかを分析し、ギャラリーというホワイト・キューブの中での作品の在り方、そしてギャラリー空間を飛び出し、外界での作品の在り方を考える。最後にそれらが、コンテンポラリー・アートの文脈で、どの様な意味を持つのかを記し、論文を結ぶ。
本論文は、草間彌生の1958年から1968年にニューヨークで制作した四つの作品を研究対象として取り上げる。これら四作品の分析を行い、草間の現在に至るまでの作品群において見られる「反復と循環」を考える。
1989年のCICA(ニューヨーク、国際現代美術センター)での大規模な回顧展以降、回顧的な内容の展覧会が多く、草間を語る上で多くの場合、1960年代前後の作品が最も重要視されている。それは、1960年代がアメリカ社会において、大きなうねりのある、特質的な時代だったこと、その時代と草間の作品が様々なレベルで合致し、共鳴していたこと、そして、この時期に草間がたどり着いた作品形態が、その後、半世紀に渡り、少しずつ変容しながら、反復を繰り返し、草間のアーティスト人生を循環しながら、形作っているからだと言える。それはつまり、ニューヨーク滞在時期の1958年から1968年の10年間に、草間は絵画、スカルプチュア、エンヴァイロメント、ハプニングにおける、四つの異なる方程式にたどり着き、1968年以降はそれを応用しつつ半世紀以上に渡り作品を作り続けている、ということだ。しかし、それらが単なるバリエーションに留まらないのは、その方程式から社会的な意味を排除し、普遍性のある哲学的主張や認識しやすいモチーフを当てはめているからだろう。
本稿では、この「反復と循環」を解明する過程で、草間の作品と展示空間との関わりが、いかにダイナミックに変容してきたのかを明らかにする。作品と展示空間との関わりとは、現実世界に、アーティストが作り上げた作品がどの様に存在するか、又は、したかということだ。それと同時に本稿では、草間がニューヨークのアートシーンの動向やアメリカ社会の変化をいかに敏感に感じ取り、作品に反映したのかを観察する。この作業により、更に大きな枠組みの中で草間の作品を解読し、コンテンポラリー・アートにおける草間の作品の意味を再度問い、作品と展示空間の関係に内在する可能性を考えることを、本研究の目的とする。
論文の構成
第一章、「背景」では、1958年以前の草間彌生と第二次世界大戦終戦後、とりわけ1950年代前後のアメリカ社会とその中にあるニューヨークのアートの二つの部分に分ける。これにより、本論文の論点が草間の個人史とニューヨーク(もしくはアメリカ)のアート史(文化史)の時系列の中で、どこに位置するのかを、本稿の前提として示す。本章以降、筆者は、草間の作品を出来るだけアーティスト本人の個人的経験とは切り離して考察したいと考えているが、ここでは予備知識として、彼女の個人史を記すことにする。
更に、1960年代前後のアメリカにおけるソーシャル・ムーブメントについて記述し、草間がニューヨークで制作していた当時の社会的な変化を明確にする。ここでは、ヴェトナム戦争に対する反戦運動、カウンターカルチャー、そしてセクシャル・レボリューションに特にフォーカスし、その後、どの様にアーティストが社会に対して反応し、アーティストの社会的立ち位置や役割が変化したのかを、エンヴァイロメント・アートやラディカルなアートムーブメント、そして女性アーティストの具体例を交えながら考える。
第二章、「原型:作品形態の変容(1958年〜1968年)」では、1958年から1968年の間に草間の作品が平面、立体、インスタレーション、ハプニング(パフォーマンス)に変容していった過程を考察する。まず、四つのカテゴリーの各例をここで示し、それらがどのように展示、批評されたか、どのように展開し、他の作品形態に移行していったかを、写真、展示資料、批評文などを用いて検証する。
第三章は、「草間彌生のオリジナルへの執着」と題し、草間彌生が発案者だと主張する、他のアーティストの作品と、それに対するそれぞれの主張を比較する。草間は、インタビューや執筆した文章の中で自らの流行に左右されない独自性や、他のアーティストが自分のアイディアや手法を模倣した又は、自分がアイディアソースだという主張を繰り返している。ここで重要なのは、各主張の正当性を問うのではなく、アーティストが時代に少なからず影響され、それを反映する様に作品を作っている事、それにより、アートと時代の間に密接な関係性があるという事を証明する事である。それにより、草間の時代的重要性を明確にする。
第四章、「変形:作品形態の反復パターン」では、第二章で検証した各作品形態が、その後の作品制作の中でどのように反復され、発展され、循環しているのかを検証する。ドットが作品の中で反復する様に、草間の作品形態そのものも、彼女のキャリアの中で反復している。草間の半世紀以上に及ぶ長いキャリアの全容を把握するために、「マトリックス図:1958年〜2000年の草間の作品における形態の変容と反復」と題し、本稿の中心になっている、1958年〜1968年とそれ以降の2000年までの作品形態の特性を図上で分ける。同様に、タイムライン上でも作品を分類し、検証する。
終章「結文」では、本稿を通じて明らかになった、コンテンポラリー・アートにおける草間の作品の意義、作品と展示空間の関係に内在する可能性をまとめる。すなわち、草間の作品がいかにして展示空間との関係性を構築し、変容したのかを分析し、ギャラリーというホワイト・キューブの中での作品の在り方、そしてギャラリー空間を飛び出し、外界での作品の在り方を考える。最後にそれらが、コンテンポラリー・アートの文脈で、どの様な意味を持つのかを記し、論文を結ぶ。