東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Design

グラフィックデザインの視覚伝達スキルが切り開く、社会的弱者の創造活動を社会事業化するインクルーシブデザインの新しい地平

ライラ・フランセス・カセム

審査委員
●松下計(デザイン科教授)、◯藤﨑圭一郎(デザイン科准教授)、◎押元一敏(デザイン科准教授)
Keywords
グラフィックデザイン、アートディレクション、視覚伝達スキル、視覚言語、インクルーシブデザイン、参加型デザイン、協働制作、協働プロジェクト、障がい者施設

要旨

現在、持続可能性(sustainability)と社会的包摂(social inclusion) は、世界の政治、経済において最も重要視されている課題の一つである。多くのデザイナーは「どのようにしてソーシャルグッド(social good)のために、デザインを有効活用できるか」と自問自答を始めている。この問いは、2011年の東日本大震災の極めて深刻な影響や、来たる2020年の東京オリンピックの開催など、大きな社会変動の中にある日本にとって、非常に深い関連性のあるタイムリーな課題である。

グラフィックデザインは、クライアントのためにアイデア、メッセージ、経験を一括して明確に伝えることのできる様々な視覚言語を創造する実践的な手法と定義づけられる。グラフィックデザインは、一つの専門分野として、メディアや公共の場にその手法を拡げる多面的なコミュニケーションスキルとして発達してきた。標識(マーク)やピクトグラム(図記号)などの明確な普遍的な視覚言語が私たちの住む環境を作ってきた。グラフィックデザインが持つ総合的なアートディレクションと視覚伝達スキルは、社会変革のための鍵となる可能性が大きい

過去約10年間に、デザイナーとデザイナーではない人々が恊働してより社会的に責任のあるデザインを制作する恊働制作や、複数の学問領域にわたる恊働プロジェクトが増えきている。インクルーシブデザインとは、プロのデザイナーとコマーシャルデザインのプロセスから排除されがちなユーザーが恊働してさまざまな商品やサービスを開発するデザイン手法であり、最先端の人間中心の参加型デザインプロセスである。

2008 年以来、インクルーシブデザインの専門家は、障がい者施設(Sheltered workshop)で働く人々など、社会から疎外されているコミュニティに社会的・経済的に活躍できる場を設けるためのワークショップモデルを模索してきた。このデザイン主導型であるワークショプモデルでは、インクルーシブデザイン手法によりデザイン成果物(商品)が制作されることが重要であると同時に、それらが構造的なプロセスで制作され、高品質であることも重要であることを明確にした。このモデルの全体的な目的は、社会から疎外されているグループの経済的な自立を継続的に確かなものにすることである。

グラフィックデザインはこれまではキャンペーン活動や広告などを中心に使用され、グラフィックデザインがもつ視覚伝達スキルなど幅広い可能性は社会的な場では十分に探求されてこなかった。

本論文では、グラフィックデザインの持つスキルが、社会的背景が抱えるさまざまな問題に対して十分に利用できるかを探るため、特に障がい者施設における最も挑戦的なシナリオにおけるデザイン恊働制作に焦点を当てた。さらにインクルーシブデザイン手法を組み入れたグラフィックデザインが、どの様にして恊働デザインプロジェクトにおいて明確な変化を創出することができたかを検証した。こうした検証によりグラフィックデザインの新しい形をさらに探求し、グラフィックデザイナーがソーシャルグッドのために重要となる道を引き続き追求していきたいと考えている。
Entente(アンタント) ―信頼からなるインクルーシブなデザイン

Entente(アンタント)
―信頼からなるインクルーシブなデザイン

ライラ・フランセス・カセム
略歴
2007年6月 エジンバラ芸術大学ビジュアルコミュニケーション科グラフィックデザイン専攻卒業
2012年3月 東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了