東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Conservation

水干鞍伝統技法研究 ―馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」模作を通して―

葉 翠馨

審査委員
●三田村有純(工芸科教授)、◯井谷善惠(グローバルサポートセンター特任教授)、◎小椋範彦(工芸科准教授)、原田一敏(東京藝術大学美術館教授)、片山まび(芸術学科准教授)
はじめに
 本稿では、 日本馬具の中で最も重要であり、 代表的な鞍の一つである水干鞍の中でも他には見られない独特な作風とデザインを持つ優れた作品である馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」の再現制作を通して、大和鞍の形式だけではなく、大和鞍の源流としてアジア大陸との関連性を探り、日本鞍の初期から全盛期までの発展過程や水干鞍を出現との影響を考察する。さらに水干鞍の伝統技法と鞍橋の結び方を考察し、その構成する各素材と製作技法の特徴を分析し、復元した結果を今後の馬具研究史に新しい視点を提供することで、これからの馬具研究史の中で新しい視点として加えることができたらと願う。
大和鞍の起源とアジア木製鞍の関係
 古墳時代に大和鞍発達の過程においては、中央ユーラシアの遊牧民族の木 製鞍がその起源と考えられ、中国の魏晋南北朝時代「安陽孝民屯」と「遼寧 朝陽袁台子」の古墳から出土した前輪 ・後輪垂直型の木製鞍と吉林集安の高 句麗古墳から出土した銅金具鞍などのアジア大陸系の鞍を強く影響を受け、 江戸時代末期までに日本の文化、独特な美意識及び工芸技術などが複合して 独自の鞍に変化したと考えてよい。アジア大陸の鞍は西洋の革鞍に対して木 製鞍が多くみられるという傾向がある。しかし、同じ木製鞍でも鞍の構造と形式には、気候環境、文化歴史及び当時の技術、鞍の用途・意匠のなどの差 異により、アジア大陸各地域においても特有の鞍構造と形式が誕生した。台湾は自然環境を考えると、本来馬の繁殖生存環境として不適合であった。また外部からの人間による支配が繰り返されたため、馬の生息数や用途などは各時期の殖民支配者により、変化していくことになった。台湾は大和鞍のように長年にわたって外来の文化を融合し、自分の鞍形式を発展し、育むことはできなかった。
大和鞍の概要
 古代:古墳時代から平安前期までに古代鞍は戦争に用いられるより権力や武力の象徴であったことであり、豪華な意匠が示している。奈良時代には日本鞍の独特な構造を発達し、正倉院に納めた素木造りの鞍は古代鞍形式の代表的な作例といえる。平安時代からに、武士階級の地位が上がって、鞍は元々神仏や公家などへの献上品から一転して武士の権力を示しものとなっている
 中世:古代鞍と中世鞍の変化は平安時代後期と考えられ、この二つにははっきりと差異 が見られる。平安時代後期に入ると鞍橋の構造は、古代鞍の形と全く異なって、新 しい鞍が出現する。この時に、日本鞍独自の構造は発展を始めた。
 近世:近世鞍の構造には、中世と大きな差異がない。しかし、その後太平の世をむかえ、軍陣鞍のかわりに略装の時に使われている軽快な水干鞍多くみられるようになり、中世よりもっと高い加飾技術と独創的な意匠が生まれ、各々の武将の好みに応じたさまざまな新たな意匠のものが作られるようになった。
東京藝術大学大学院所蔵「大和鞍」の修復
 螺鈿鞍は日本鞍の流れにおいて優品が残り、その螺鈿技法は日本の漆工芸技術を述べる際参照されることが多い。東京芸術大学大学美術館所蔵「大和鞍(別名:青貝入和鞍骨)」一背の保存修復を行い、素地構造、下地、塗り、加飾の技法や材料、修復工程を記録した。
馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」の模作
 馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」の模作を行い、両輪と居木の美しい曲面構造の素地、漆塗、装飾、四緒手、紐での組み上げといった水干鞍全体の技法を理解することを目的とした。原物の実見調査及び文献調査から、当時使用されていたと推測される同じ材料、技法を可能な限り使用して、復元作業を行った。制作工程について記述する。
結論
 本稿では、まず武具と馬具の軌跡をたどり 、その後、江戸時代以降の武器・馬具 に関する有職故実の研究文献を中心に水干鞍に関する論究を行った。水干鞍に関してはその製作工程を振り返り、軍陣鞍から水干鞍に移行する時期の資料を調査し、 鞍の緒の縛り方と日本独自の鞍の伝統技法の調査も行い、日本独特の漆の加飾技術 や鞍の意匠の変遷を調査し、それらの時代別の比較や特徴づけを試みた。
 大和鞍は修理時に解体したことで、組んだままで分からなかった両輪の切先を隠れていた居木先の形態が明らかとなり、また、本作品では簡易な組み上げに得られて付いたが、紐と通し穴の配置を確認することができた。このことで復元に馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」の模造する工程については大変役に立ったということである。今後の水干鞍研究につなげることとする。
 江戸時代以降の武器・馬具に関する有職故 実の研究文献に記載されている鞍の型紙、拓本、結び図などを検証して、鞍の素地 制作、江戸時代の漆加飾技法、鞍の組立方法や結びの工程と手順を実験・実践し、 理論的且つ実証的に鞍制作の伝統技法を解明した。現存する作品の研究調査及び歴 史的な文献調査を通じて、可能な限り当時使用されていたと推測されるものに現時 点て再現可能な製作技術や素材を用い、水干鞍を再現制作した。馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」の再現制作により、江戸時代の水干鞍の木地制作、また鞍の歴史文献に関する考察を行い、近世の鞍と漆加飾意匠との独創性、鞍の組みにおける結ぶ技法の進化など新たな知見が得られた。
 日本鞍に伝わった技術の一つとして水干鞍があることから、江戸時代に日本全国の鞍生産地と現存している水干鞍と共に日本鞍と江戸時代の歴史の関連性に関して論じられる部分であると考え、今後水干鞍についての更なる研究が重ねられ、これが日本鞍に関する歴史の中で重要な位置を占めるとの認識において、さらなる理解も周知させた、次に続く研究に続けたいと願っている。

保存工芸 葉翠馨2

馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」模造

馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」模造

葉 翠馨
略歴
2003年6月 台湾芸術大学工芸設計科卒業
2012年3月 東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻修了