「建築用和釘における非金属介在物及び酸化皮膜生成への過飽和酸素の影響」

和釘は、砂鉄を木炭で還元する『たたら製鉄』と『大鍛冶』の脱炭工程からなる日本古来の製鉄法でつくられた包丁鉄を母材とする(注1)。母材を鍛錬した後、金床の平坦部で角棒の隣合う2面を90度に交互に鍛打し、延ばして成形するため、胴部の形状は四角形である。和釘は法隆寺の金堂を初めとして、わが国の古代以来の木造建築物に用いられてきた。

和釘の最大の特徴は、その錆び難さである。井垣はホウ酸系緩衝液中で測定したアノード分極曲線から、和鉄が非常に小さい不動態維持電流を示すことから、高い耐食性を持つ事を指摘した。その上で、表面に形成されるマグネタイト(Fe3O4)の酸化皮膜である「黒錆」の形成が腐食の進行を抑制すると推定したが、その存在は確認されていない(注2)。筆者は古代の和釘が鍛錬工程で生成した皮膜に覆われていることに着目し、和釘と現代鋼の皮膜構造を比較した結果、α-鉄とウスタイト(FeO)の界面の凹凸が大きい現代鋼は密着性が劣るが、和釘はα-鉄とFeOの密着性が良好であり、その表面が結晶子10nm程度の微細な多結晶FeOで覆われていることを確認した(注3)。このことは、初期酸化に違いがある事を示すと推定できた。

そこで本研究の目的は、錆び難く、鍛接が容易である和釘の特徴の根本的要因を究明することと、それが生み出されてくる製造工程を解明することにある。

 

本研究は第1章「序論」、第2章から第5章の本論、第6章「結論」で構成されている。

第1章「序論」では、和鉄及び建築用和釘の特徴、先行研究における炭素濃度から推定した製造法の評価と本研究の目的を述べた。

第2章「建築用和釘中の過飽和酸素の存在」では、非金属介在物を含まない鉄相中の酸素濃度を測定し、和鉄とは炭素濃度が不均質で、溶解酸素は過飽和であることを明らかにした。

続いて、第3章「和釘中の過飽和酸素が非金属介在物の生成及び成長に及ぼす影響」と、第4章「和釘中の過飽和酸素が酸化皮膜形成に及ぼす影響」では、透過電子顕微鏡による和釘の観察を通じ、過飽和酸素が非金属介在物及び酸化皮膜生成に及ぼす影響を明らかにした。

第5章「和釘の製造」では、包丁鉄を原料に、折返し鍛錬が2~3回行われた後、棒鋼を平らな金床上で延ばして和釘を製造した事を明らかにした。

第6章「結論」では、和釘は錆び難く、鍛接が容易であるという和鉄の特徴を最大限に活かした実用品であることを示した。現代鋼ではこの特徴の代替が困難であり、和釘の製造技術は木造建造物の伝統的建築技術とともに、後世に伝承する必要があることを述べた。

 

本研究における主たる論点と結論は、つぎの通りである。

まず奈良時代から現代までの和釘について、先行研究による分析値を整理すると、酸素濃度が高いという特徴が示されている(注4)。こうした分析値は試料全体を分析したものなので、鉄に溶解している酸素の他、非金属介在物中の酸素を含めて測定している。本研究では微小領域の分析装置である電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて、介在物を含まない1~5 µm径の範囲で鉄相中の溶解酸素濃度を測定した。鉄相中の酸素濃度は0.15~0.38 mass %であった。純鉄中の酸素溶解度は、δ-鉄で0.0084 mass %、γ-鉄で0.003 mass %、α-鉄はさらに小さい値である。これより、和釘中の酸素濃度は過飽和になっていることが明らかとなった。

つぎに、溶解酸素が過飽和となる操業条件下では、非金属介在物がFeOを主体とすることに着目し、和釘中の非金属介在物組成から和鉄の製造条件を明らかにした。和鉄は過飽和酸素により、その反応熱で鋼材表面の温度を上昇させて融解し、鍛造によって母材との密着性を良好にしている。また、加熱加工時にはファイヤライト非金属介在物の一部が溶融していることが判明した。このことは加工による歪を緩和すると同時に、和釘の鍛造温度がファイヤライトの融点近傍であることを指摘することができた。

大鍛冶工程の本場(注5)では、1528 ℃を超える温度で鉄塊を回転する事により表面を溶融・凝固させ、溶融状態では鉄と溶融FeOが接触して平衡状態近傍にある。δ-鉄とFeOは酸素濃度0.16 mass %に共晶点を持つ。EPMAによる測定値は、この平衡近傍にあり、酸素が室温で過飽和である事を示している。最も酸素濃度が高い備中国分寺の和釘は、過飽和酸素濃度の影響でFeOの非金属介在物が大きく成長していた。さらに酸化皮膜生成への過飽和酸素濃度の影響であるが、特に酸化皮膜の生成においては、過飽和酸素の鉄が室温でα-鉄とFe3O4に分解するので、過飽和酸素の量が母材との最界面に生成するFe3O4の構造を決定することがが確認できた。

電子顕微鏡による観察の結果、和釘の母材との界面には約1 µmの厚さのFe3O4が存在することを実証した。これは過飽和酸素を溶解する鉄が常温で緻密なFe3O4を界面に分解生成する結果であって、和釘の界面におけるFe3O4の密着性は過飽和酸素によることを明らかにした。さらに、鍛錬時に外層に生成した微結晶のFeO皮膜が保護被膜として釘全体を包み、外界の酸素との接触を遮断することで腐食を抑制し、耐食性が向上すると結論した。

 

注1 釘とは二個以上の材料を綴着せしめるものであり、本研究においては、寺社及び神社の建造物の屋根、軒周りなどに用いられた鉄釘を対象とした。

注2 井垣健三:古文化財の科学, 28(1984), 18

注3 古主泰子:鉄と鋼, Vol.91(2005)No.1, 91

注4 堀川一男, 梅沢義信:鉄と鋼, Vol.48(1962)No.1, 44

注5 大鍛冶は脱炭工程であり、 左下 さげ 本場 ほんば の2工程からなり、 左下 さげ では小塊の銑を積重ねて、平均炭素濃度で3.5 mass %から0.7 mass %に、歩留まり100 %で脱炭する。本場では鍛錬して非金属介在物を絞りだし、さらに0.1 mass %にまで、歩留まり60 %~70 %で脱炭する。