熱による造形

固から溶・溶から固へ、ガラスと金属を通して

 本論文のタイトルにある「熱」とは、筆者の表現活動に用いる素材、ガラスと金属に対して重要な役割を果たすものである。かつて、筆者は金工の中の1つ、鋳金研究領域の修士課程を経ている。鋳金(鋳込み)では、主に金属を熔解するための熱の流れが存在する。また、現在在籍する、ガラス造形研究領域では、ガラスを加熱し、その粘性を調整することで様々な加工を行う。
 そこで、ガラスや金属といった素材の違いによって、それぞれを分類するのではなく、素材に流動性を持たせる「熱」を主題とすることで、新たな位置づけができるのではないかと推測した。また、熱を主題として、ガラスと金属について研究する中で、「ガラス内金属鋳造」といった、筆者独自の技法の発見に至る。

 本論文は、鋳物からガラス造形への転換に伴い生まれた、「ガラス内金属鋳造」を用いた提出作品、《Herald》の制作及び思考過程と、その結果について述べるものである。

 

論文の構成は以下の通りである。

第1章
 「ガラスと熱」では、ガラス造形と熱について述べる。天然ガラス(黒曜石など)を除き、我々が日常的に目にする、窓ガラスやガラスコップ、あるいは美術品として使われるガラスは全て人工物である。そこで、人類のガラス発見の歴史と、本論文に関係する重要な出来事、あるいは東京藝術大学のガラス研究の歩みなどを中心として、ガラスの歴史について言及する。さらに、ガラスの基本的な技法について、「熱」を主題として特徴づけていく。ガラス造形における、熱を使う仕事には、主にホットワークとキルンワークがあり、熱を使わないものにはコールドワークがある。そして、熱を使うものと使わないものとでは、完成品に異なる魅力があると論じ、これをヒートワークとコールドワークとして特徴づける。ホットワーク及びキルンワークの作例、コールドワークの作例については、歴史的作品の紹介に加え、筆者制作の作品あるいは他者による作品を例に挙げて説明する。

第2章
 「金属と熱」では、金工と熱について述べる。第1章と同様に、歴史的作品の引用や、筆者制作の作品あるいは他者による作品について言及し、「金工と熱」について考察を図る。鋳金には、金属を熔解するなど、熱を使って成形する様々な技法があり、成形時に「金属を熔かす」といった工程を踏む「鋳金と熱」の関係は、特異であると位置づける。そのため、金属を彫ったり、叩くことで成形する、彫金や鍛金と比べて、鋳金で出来上がる作品には、異なる魅力が存在すると論じる。また、鋳込みにおける神聖な空気感は、表現活動の概念に影響を及ぼす部分であり、制作の途中段階、あるいは火にまつわる祭事などで感じ取る「熱による何か」についても言及する。湯面や鋳肌など、鋳金独特の金属の表情を知り得た経験は、本論文の主題「熱による造形」の核に当たる部分といえる。

第3章
 「熱を主題として」では、本論文における「熱」について述べていく。現在では、熱の流れを生み出すものとして、「ガス」や「電気」が主流であり、ガラスや金属を加熱し、熔かすといった作業もまた、これらの燃料を必要とする。素材の反応は、熱源となる燃料の種類によって多少の差を生じる場合があるが、本論文の主旨である、「熔解」するといった目的に対して、その差はないと結論づける。しかし、火と人類との関わりは古く、現在でも神話あるいは宗教において重要な役割を果たすことから、火の種類がもたらす、精神的な作用は異なると位置づける。また、第1章、第2章の内容より、各素材における「熱」の特異性から、その共通性を見出していく。その中で、素材が熱によって流動性を持つことや、それを受け止める鋳型の存在が、筆者の制作において重要な部分を占めることについて言及し、ガラス造形及び鋳金による造形の、双方に共通する「鋳込み」について考察を図る。加えて、「熱」による素材の変化に伴い、重力、表面張力など人為的な力とは別に、素材に働く力について言及する。

第4章
 「ガラス内金属鋳造の作品化」では、この独自の技法による作品を軸に、話を進める。この技法の発見には、ガラスならではの光を透過する性質を利用した造形感覚や、第3章で言及した、「熱」のもたらす、人為外に働く力の利用が関係していることについて述べる。「ガラス内金属鋳造」の技法的内容にも触れ、現段階での研究の成果及び、今後の課題について示唆する。また、これまで述べてきた「熱」の作用によって影響を受ける、精神的な部分を核とした始まりの実験シリーズ(提出作品のシリーズ名)のステートメントについて言及し、技法と主題が揃うことで、始めて作品としての価値が生まれるモデルとして、これを提示する。

終章
 ガラスと金属といった2領域の素材を用いることで、あるいはホットワークや金属鋳造の経験により、「熱」がもたらす造形について思案し、新しい技法の発見に到達する。新技法「ガラス内金属鋳造」は提出作品《Herald》(始まりの実験シリーズ)として1つの答えを導くことになる。しかし、これはあくまで制作活動の1つの点であり、考えの更新が成されることが不可欠であると述べる。また筆者は、ガラス造形や鋳金による作品の一部の領域を「熱による造形」として捉えることは、単に美術工芸が素材として分類されるだけではなく、新たな主題を得ることで、新境地へと進んで行くと論じ、今後の工芸や素材美術の展望へと考えを漸進し、結びとする。