潮流がもたらす偶有的環境のアート

ART IN CONTINGENT CURRENTS OF THE PACIFIC

「KHAYALAN ISLAND/ハヤラン島へ」ドローイング、証拠、地図、舟 2014年 東京芸術大学美術館

新しく生まれる島もあれば、消えてゆく島もある。最近のそうした例として、小笠原諸島の噴火によって出現した新しい島や、シンガポール湾において一つの島に合体したセント・ジョンズ島とラザルス島を挙げられよう。このことは、ハヤラン島をめぐる私の探求と深く関係している。その島は、イギリス人がシンガポールに到達した19世紀初めに消滅したと言われる。私は、太平洋の海流によって作られる自然物と人工物の混交に導かれるようにして、その島を探す《ハヤラン島》という作品シリーズを制作した。このように、私の作品や思考の背景には、太平洋の偶有的な潮流が存在している。

第1章では、太平洋の潮流によって位置づけられる本論文の全体的な枠組みを述べる。島々の間を流れる海流へのこだわりは、各章において、非常に重要な要素となっている。続いて、本論文を執筆する動機となった問いと、それらを探求するための方法について述べる。問いの多くは未解決に終わるものだが、問いを探求すること自体の中に、数多くの発見がある、というのが私の主張である。さらに、私が、「言葉」とどのように関わってゆくのかを、本論文全体をまとめる要として、簡単に紹介する。私がここで強調したいのは、会話の中に生きる言語の、柔軟な存在形態である。

「KHAYALAN ISLAND/ハヤラン島」(証拠I)電球 1965年頃 / 「KHAYALAN ISLAND/ハヤラン島への舟」ウォルナットインクと紙2014年

第2章の主な目的は、本論文のキー・コンセプトの一つである「偶有的な環境」という概念を定義することである。「偶有性」に関する先行研究を検討し、さらに私なりの定義を提示する。さらにここでは、いくつかの特定の場所で、土地が変化する有様を探求し、「偶有的な環境」に関する実践的な観点を浮かび上がらせる。これは場所の名前についての考察から始まり、私が土のサンプルを採取した三つの場所の調査によって明らかにされる。次に、集めた土のサンプルのすべてがホノルル空港で取り上げられた経験、東京湾などの埋立地を歩行したこと、シンガポールにある埋立地を「Reclaiming Land = 再-主張する土地」と捉えたことについて、省察する。最後に、次章の背景となる、過去の文学的、哲学的、および航海学的観点を提示する。それは、ハヤラン島へ向かう架空の船旅への招待でもある。

「KHAYALAN ISLAND/ハヤラン島への舟」2014年

アートの実践である本論文の主要な論点が、第3章で展開されるが、それは、「ハヤラン島のストーリー」を語る、ドキュメンタリー・フィクションのスタイルで書かれることとなる。このスタイルは、韻を踏んだ詩に類似しているが、実際には多様な文章形式の融合である。各小節は、ストーリーの全体における役割を担い、それぞれ特徴的な登場人物の視点から書かれている。この文章は、19世紀の雑誌についての文献研究、私が近年に開催した実験的ワークショップ、マレーシアの貿易者に関する植民地科学的記録、口述記録、およびその他の多様な一次資料に基づいている。この章は、今われわれが積極的に探さなければ消滅してしまうかもしれない島の探求の重要な一部である。また、この文章は、展覧会のインスタレーションとペアになっており、言葉と創作作品との密接な繋がりを体現するものであり、それは実践に基づいたアートの研究において私が用いる方法の要となるものである。

第4章は、編集された対話の形式をとるが、哲学的議論と会話における予想外の展開を踏まえている。これは主に《夕焼けハウス》を制作する過程で生まれた、地域住民と非地域住民との会話に基づく。この章は、言語によって作られた壁面から始まり、参加型の庭にまつわる哲学的コンテクストの叙述を経て、「道」に関する議論とアートによって再活性化された鑑賞者論に関する考察で幕を閉じる。その目的は、会話において話された言葉を通じて、《夕焼けハウス》で用いられた参加型の構造に、命の息吹を吹き込むことである。

「SUNSET HOUSE/夕焼けハウス」紙に夢を描いて埋め込んで壁を作る2011年 / 「SUNSET HOUSE: LANGUAGE AS THE HOUSE OF BEING/夕焼けハウス:存在の言葉としての家」瀬戸内国際芸術祭2010-2014年 / 「SUNSET HOUSE/夕焼けハウス」石の裏に困難を描いて庭を作る2013年

結論である第5章は、第1章で述べた様々な問いに対する答えを、サステイナブルな視点から提示する。それらは、「シネコロジー(群生態学)」という考え方を用いて、共生的な自然環境に取り組むことであり、アーティストと研究者を兼ねることの筋道について述べることを含む。最後に、最も単純であるが最も深遠なメディアの一つでもある「水」の変化のただ中にある親密な関係性に関して、個人的な省察を述べる。以上の各章では、欧米的な潮流に対して、太平洋の偶有的な潮流からの新たな視点を提示することを意図している。この制作と考察は、社会的実践のアートを作り変えるだろう。海は、島々に生きる物語とアートをつないでゆく。