東京藝術大学大学院美術研究科は、美術家、デザイナー、建築家、キュレーターなど、創造の多様な領域を横断する人材の育成を使命としています。その博士学位審査には、一般大学と同様に「論文」によるものに加え、「作品と論文」を併せて審査する独自の形式が存在します。ここで対象となる作品は、絵画や彫刻、工芸にとどまらず、建築、デザイン、メディアアート、さらには地域や社会と関わる実践的プロジェクトにまで及びます。
「美術分野における博士とは何か」という問いは、これまで幾度も議論を重ねてきました。かつては卓越した作品を生み出すこと自体が博士の資格であるという考えもありましたが、現在では、制作の背景にある思想や方法、論理的な構築を言語化し、作品と論文を一体として提示することこそが、現代における博士課程教育の本質であると捉えています。
「博士審査展」は、まさにその思想と造形の往還を可視化する場です。作品と論文という異なる形式を通して、感性と知性がどのように呼応し、互いを深め合うのか。本展では、研究と創造を横断する学生たちの試みが、多様なかたちで表れています。ここには、単なる完成作品ではなく、問いを生成し続ける思考のプロセスが息づいています。
また、現代における芸術研究の役割は、個の創造を超えて、社会や他者との関係性を結び直すことにもあります。美術研究科が博士審査展を一般公開し、図録をWebアーカイブとして発信するのも、創造の軌跡を社会の共有財産として残すための試みです。博士号とは、単に学位を得るための終着点ではなく、創造と研究を往復しながら、新しい価値や関係を生み出す未来への出発点でもあります。
本審査展開催にあたり、ご指導・ご支援を賜った先生方、関係者の皆様、ご協賛・ご協力をいただいたすべての方々に深く感謝申し上げます。ここからまた新たな表現者たちが、社会と響きあいながら、そして世界で活躍することを願っています。