→日本画
囲いの森 有機の形と色

椎野 倫奈

→審査委員
植田 一穂
 佐藤 道信 海老 洋

 本論⽂は、森をモチーフとした囲いの空間を、有機的な形と⾊による抽象と具象の中間表現として描き出そうとしている、筆者の創作論を論述したものである。
 ここで⾔う囲いとは、周りをふさいで囲むのではなく、進む⽅向を定める境界としての役割を持ち、神社の⿃居を暗喩している。そして⾃作品での⿃居とは、神域と⼈間が住む俗界を区画する結界の意味ではなく、通過する空間である。また、ここでの有機的な形と⾊とは、有機野菜などの有機ではなく、「⼈⼯物には無い⾃然物による複雑な表情」を意味する。ドローイングして得た森の複雑な形象を、通過する概念上の⿃居として再構成し、そこに岩絵具による偶発的な質感も交え、抽象と具象の間を⾏き来する制作過程を⾔語化したいと思う。
 以下に、3章からなる本論⽂の章⽴てを述べた。
 第1章「囲いの森」  
 第1節「森」では、⾃作品における⼤⾃然ではない都市の中の森を、「不⾃然な⾃然」として表現するようになった経緯と、ロマン主義との共通点、現代の⾵景との相違点について、写真などの例を⽤いて述べた。また幼少期に⽇本と海外を⾏き来し、⾔葉の壁を感じた筆者にとっての、⼈のいない場所としての森を、フリードリヒの作品と⽐較して解説した。第2節「囲い」では、⽊⽴によってできる抜けの形が、⿃居の役割を果たし、通過する空間として⼆つの要素を持つことを論述した。⼀つは、通過する空間として内と外を分けるもの、⼆つ⽬は、意識と無意識、現実と⾮現実を分けるものである。前者については、ロマン主義のビアスタッドや、⽇本画の狩野芳崖の作品に⾒られる洞窟を例に、光と影、内と外が平⾯上でどのように表現されているのかを分析した。後者については、⾃作品では無意識の世界を内側に、現実としての都市を外側に表わしていることを、シュルレアリスムとの関連から考察した。第3 節「囲いの森」では、森の形象をスケッチし、そこから重要な線を抜き出すことで抽象化した、中間表現について論述した。
 第2章「有機の形と⾊」
 第1節「有機」では、前章で論じた境界について、⾝体性をともなって具象と抽象を⾏き来する画⾯を、筆者の制作での発酵熟成とし、岡崎乾⼆郎の著書『抽象の⼒』を援⽤して解説した。また⾃作品のスケッチを⽤いて、無意識や記憶から⽴ち上がる形を「有機の形」とすること、無機的な建築物に⽐べ、有機物の⽊は形や⾊を変えて表現しやすく、幽⽞な世界観を表現できる可能性があることを述べた。
 第2節「⾊」では、⽇本画の古⾊のような⾊彩が、⻄洋の油絵より、⾃然の⾊彩を豊かに表現できる可能性について考察した。岩絵具と⽇本の⾵景の⾊との相似性、⽇本画の⾊、⽇本独持の⾃然に対する⾊彩感覚について論じた。
 第3節「有機の形と⾊」では、第1・2節で述べた、有機的な形と⾊を⽤いた中間表現としての世界観について論述した。具象的な森でもなく、抽象的な形と⾊でもない作品の、”完成”について⾔語化した。
 第3章 提出作品「杜の径」
 第1章、2章を踏まえ、森を主題とする⾃作品と提出作品「杜の径」について解説した。
 終章では、本論⽂のまとめと、現在の課題と展望を述べた。