→油画技法・材料
重層する時間、イメージ

 ―Layering Images,Time―

増田 将大

→審査委員   
秋本 貴透
 佐藤 道信 齋藤 芽生 小林 正人

我々が生きているこの時間には、過去も未来も存在し、手がかりとなる物事をきっかけに認知したり想像することが出来るのではないか、と考えた。
実像とは虚像とは何か。リアルとフィクションとは? 現在も作品をつくる中で私は問い続けている。
本論ではこの問いと、時間に関して筆者が作品制作の中で考えることについて、時空間理論の一つである「スポットライト理論」を参照し述べていく。スポットライト理論によれば、時間は「過去」「現在」「未来」が一つの軸の上に地続きに存在しているのではなく、四次元のキューブ状の宇宙に「過去」「現在」「未来」の全ての瞬間が散在しており、それぞれの瞬間にスポットライトが当たるように認知された瞬間が、「現在」になるという。これは、筆者が考える「時間の視覚化」にとって、重要なアプローチとなる理論だ。また、筆者の作品制作の中では、「現在」を「実像」、それ以外の「過去や未来」は「虚像」と捉えている。この実像と虚像を作品上で表出させる手法についても、本文で言及する。
筆者は、幼少期に両親の影響で1970 年代 ~ 1980 年代を中心とするアメリカのSF 映画や、ホラー映画などをよく目にしていた。そして漠然とそれらが虚構の話でありながらも、それらを考えて作った人間がいて、鑑賞した人間の頭にその物語が確かに記憶され、多くの人に認識されることが、まるで現実の世界にその虚構の世界が重層して存在しているように思えた。その当時目にしていた映画は「ロボコップ」(原題:RoboCop - 1987 年 図1)や「13日の金曜日」(原題: FRIDAY THE 13TH- 1980 年)、「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」(原題: Star Wars: Episode IV A New Hope ‒ 1977 年)、「マッドマックス」(原題:Mad Max - 1979 年)、「エイリアン」(原題: Alien - 1979 年)など、とても現実味のあるものとは言えない、いわゆるフィクション性の高い作品ばかりであったが、子供心には妙にリアリティがあった。今思えばそれは、CG(コンピューターグラフィックス)が普及する前の映像時代特有の模型や特殊造形を使用した生々しい表現が、そのリアリティを感じさせたのではないかと思う。
当時のその体験が関係したのかは分からないが、事故現場をモチーフにした作品を制作したことがある。
交通事故の跡地に置かれた供物に着目し、その周囲の風景も含めてモチーフとして制作した。そこには田舎の何気ない田園風景が広がっていたが、供物の存在に気づいたとき、現在見ている風景と、過去に起きたであろう陰惨な事故のイメージが想像で重なった。 そこにはまるで、現在と過去が同時に存在しているように思えた。
第1章「重層」では、筆者の作品制作のなかでも重要なキーワードである「重層」について述べる。ここで言う重層とは、現実(筆者にとっての現実)に覆いかぶさるように虚構が存在すると捉え、それを模すように行われる筆者の作品制作のプロセスを解説し、そのような作品制作に至るまでの経緯を、過去の作品制作も含めて述べる。
第2章「時間」ではこれまで時間はどのように捉えられてきたのか、そして私が疑問に考えている時間の通念への問題提示を行う。ここでは、「時間」をテーマに作品を作っている過去の作家の作品を参照し、私の作品へのアプローチについて解説する。
第3章「スポットライト理論」では同理論に焦点をあて、そこで述べられている時間について解説する。
一般的な3つの時空間理論では、それぞれ時間の捉え方に違いがあるが、このスポットライト理論が、筆者の考える時間の視覚化に有効であるため、筆者の作品とスポットライト理論の共通点について解説する。 終章では冒頭で立てられた問いに対する筆者の所論を、各章での考察を通して論ずる。我々が生きる世界の時間が何なのか観測は出来なくとも、考え、想像し、描くことは出来ると確信している。