→先端芸術表現
ヴァーチャリティという質の中での介入的創作プロセスを通した環境動態の分析と表現

伊阪 柊

→審査委員
伊藤 俊治
 古川 聖 鈴木 理策 内海 健

<研究背景と問題提起>
 本論文では、環境の動態を捉えるメディアとしての映像から、ひいては映像制作実践の場そのものをメディアと捉え直し、ドキュメンタリーとフィクションにおける対比を超えるメディアの質としての<ヴァーチャリティ(仮想性)>を措定し、その場がどのように現実環境を捉えていくかを考察する。
 <ヴァーチャリティ>とはここでは、フィールドワーク前後のフェーズにおいて生じる仮想的なメディア化過程の兆候のことを指している。それは今ここではない時間や空間が、制作するフィールドの経験や、そこに臨むフィールドに存在するもの、そのフィールドで用いられるものなどへと影響し、またその影響を受けた結果のドキュメントの質も含めて定義している。それらはどのような効力を発揮し、またどのような問題に遭遇するのだろうか。この問いは言い換えればその親密な空間とその外部の他者としての空間との接続が行われる際に、その接続点はどのように設計されるもので、そしてその設計の仕方はどのように作品制作に影響するのだろうかという問題につながる。この問いに対して、空間論と時間論、そしてメディア論の中で使われてきた概念を当てはめながら、ここで用いるヴァーチャリティを一般に言われるコンテンツとしてではなく、制作実践の場における方法として用いることで、環境の動態を捉えるメディアをどのように更新できるかを提示する。
<研究対象>
 ここで対象となる環境は、これまで環境アートが対象としてきた自然環境、都市環境を含めた上で、より制作主体の認識によって捉えられる環境を前景化させて、環境の変化という出来事と制作主体の認識、とりわけ時間認識との関わりから、時間芸術の持つ質の変容を探っていく。ただし発端となる環境の変化そのものはあくまで外的な出来事に求めているのがこの制作論の特徴であり、それは制作主体そのものが直面する出来事から、自然史や地質学的スケールを持った出来事を経験する主体をも視野に入れている。
 具体的なフィールドワークを例にとり、そのプロセスにおいて仮想的なメディアの質である<ヴァーチャリティ>の設定を行うことを<介入>と捉え、そこから表現へとつなげるプロセスまでを実制作を通して説明する。この時重要になるのは、その表現体ではなく、そのプロセスの中に見出される痕跡としてのドキュメントである。
<論文構成>
 本論文は大きく二つの部に分類されている。第一部では諸々の概念の整理を中心に行い、第二部では第一部で整理した概念を制作のフィールドに当てはめ、映画、SF、ゲーム設定、建築ドローイング作品と、実制作を解説する構成になっている。
 第一部の第1章では、「遠い場所」からの環境変化に関する情報との、不意の遭遇の事例について、ベンヤミンによる、気散じによるアウラからの引き離しの効果を鑑みつつ、同様な視点にすでに注目していたティモシー・モートンによる、気散じが環境変化を認識することの契機となることへと結びつける思考に触れる。そこから実際に起こった自然現象と現代文明を成立させる技術的インフラストラクチャーとの影響関係について、いくつかの事例を取り上げていく。そしてそうした状況を端的に表すアートプロジェクトを見ていきながら、環境と作品制作の関わり合いを探る。
 第一部第2章では、前章で見た環境変化の位相の中でも、とりわけ〈危険な〉状況について考察する。ここではウルリッヒ・ベックの『危険社会』や二クラス・ルーマンのリスク論において見られる、近代以降の技術社会が潜在的に持つリスクや不確実性に対する分析を見ていきながら、ベックやルーマンがどのようにリスクや不確実性を社会的に実質的な対象として表現しているかに着目する。そこから危険な状況における、時間的な不確実性=揺らぎが、主体の内部で起こることを、木村敏のフェストゥム論や災害人間科学、そしてリチャード・グルシンらによるメディアリティ論を参考にして、時間認識の多様なありようを把握する。そして空間的揺 らぎを描写するものとして、ケンダル・ウォルトンの小道具概念や災害時のメディアの振る舞いに関する過去の研究をヒントにして、メディア構築の準備を行っていく。
 第二部第1章では、第一部第2章で見た各概念を、制作主体がフィールドに臨む際に生じる時間・空間の揺らぎに対応させ、実際に制作行為への選択へと結びついていく可能性を論じる。 また同時に制作主体が制作の場に臨むことで生じる危険認識との差異を示すものとして<ヴァーチャリティ>を措定し、その実際的なありようである<仮想的危険円>というフィールド用語を説明する。
 第二部第2章では、過去の作品の中で、第1章で述べた事柄を抽出することができるものに焦点を当てて説明する。ここでは一つの作品や特定の作家の作家性に注目するというよりは、それらの時代的特徴、環境的な特殊性などの外延的特徴に焦点を当てて抽出する。大まかに述べるならば、第1章で紹介した<仮想的危険円>についての補足として、ある「特殊なフィールドが出現する」というプロットを持った創作物に焦点を当てる。そして最後にこれらの総括として、そのフィールドの持つ、社会倫理的に危険であるという限界性に対して注意を払う。
 第二部第3章では私自身が関わった制作実践を、前述の構造に当てはめながら説明する。私はこれまで環境の変動を発端に場所の持つ雰囲気が変わっていく場所へと実際にアクセスすることで映像作品を制作してきた。具体的には後期博士課程において制作したアメリカ西海岸のセントヘレンズ山などの火山地帯に関わる映像制作を例に挙げる。さらに、構想の段階にあるプロジェクトが、制作物としてすでに現れようとしていることを、インスタレーション作品『Polyzonation』として説明する。