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制御とズレ ―大島紬における「制御とズレ」の構造研究を通して―

川人 綾

審査委員:
八谷 和彦 伊藤 俊治 鈴木 理策 ひろい のぶこ

 本論では、まず、自作の抽象的なグリッド状の絵画(以下、「グリッド・ペインティング」と称する。)と、オプティカル・アート、絣、そして絣の一種である大島紬における「制御とズレ」について考察する。これらの「視覚的なズレ」と「手作業のズレ」、「物質性によるズレ」を明確にした上で、大島紬における「制御とズレ」の構造をグリッド・ペインティングに応用させ、得られた結果を分析する。

本論における「制御」と「ズレ」の定義は以下になる。

1.「手作業のズレ」における「制御」と「ズレ」
例えば、“こんな風に描こう。”という計画があったとして、その計画通りに寸分違わず作業を進めようと、最大限に注力した結果、どうしても生じてしまう、線の歪みや絵具の塗りむらがあったとする。この計画通りに進めようと、最大限に注力することを「制御」と言い、その結果どうしても生じてしまう歪みやむらのことを「ズレ」と言う。なお、この歪みやむらは、人それぞれ度合いが異なり、本人が出来る限り計画通りに描こうと努めた結果、生じてしまったもの、ということである。

2.「物質性によるズレ」における「制御」と「ズレ」
例えば、織物を制作する場合、グリッド状の組織図をもとに織りあげていくが、糸を素材とするため、完璧なグリッド状には仕上がらない。もちろん、人は、その糸の性質を踏まえて、織物の出来上がりを想定し、計画する。しかし、そこには必ず、人間の予想できる範囲を超えた糸の歪みや縮みが生じる。このような、素材の性質を考慮した上での計画を「制御」と言い、その想定を超えた結果を「ズレ」と言う。

3.「視覚的なズレ」における「制御」と「ズレ」
「視覚的なズレ」における「制御」と「ズレ」は、大きく2つに分けられる。まず1つ目は、対象を脳を通して見ることによって生じる現実とイメージの「ズレ」である。2つ目は、対象を見る距離や角度、視線の動きによって変化する印象の「ズレ」である。この2つの「ズレ」は、視覚を通して対象を把握することによって生じるものであるため、「視覚的なズレ」とまとめることにした。

各章の構成は以下になる。

序論では、抽象的なグリッド状の絵画を制作するに至った経緯について述べた上で、本論における「制御」と「ズレ」という2つの言葉の定義を明確にする。
第1章、第1節では、オプティカル・アートの絵画における「視覚的なズレ」、「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」について考察する。第2節では、まず過去作品について解説した上で、グリッド・ペインティングの、グリッドのサイズや素材、タイトル、制作手順について述べる。
第2章、第1節では、絣における「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」、「視覚的なズレ」について考察する。第2節では、まず、大島紬を研究対象に選んだ理由について解説した上で、大島紬の分類や製造工程、現地調査について述べる。そして、大島紬における「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」、「視覚的なズレ」について考察する。
第3章、第1節では、大島紬における「制御とズレ」の構造をどのようにグリッド・ペインティングへ応用するかついて述べる。第2節では、大島紬における「制御とズレ」の構造をグリッド・ペインティングに応用したことで得られた結果を分析する。
結論では、神経科学者のデビッド・マー(David Marr, 1945-1980)の「二か二分の一次元スケッチ」の話を交えながら、絵画での実践を振り返る。そして、今後の展開について述べる。
先端芸術表現

制御とズレ ―大島紬における「制御とズレ」の構造研究を通して―

川人 綾