Oil Painting

空間論

小塚 直斗


 私は現代で制作を行うことの必然として絵画を疑い時に否定すること、その行為の中で絵画そのものの存在を考察することが新しい表現を作り出すと考えていた。しかし否定も肯定も行ううえで前提としている「絵画」の意味が2011年からの日本美術との出会いの中で大きく変化した。桃山時代の空間は、現代で絶えず行なわれる絵画考察によって構築される造形とは異なっており、意味に依存せず自然に自由にそして理性的に表現されることを数年の調査の中で知った。現代に生きる制作者として、かつて日本にあったこの複雑な構成を造形的側面から研究し、捉え直す必要があると考えている。それは私にとって自身の制作の基盤をつくる試みである。しかし現状において日本の造形を実際の場で体感できる場所は少なく、また常に変化する空間性を視覚化した資料は極めて少ない。近年、作品保護の観点から作品は本来の場所から剥がされ、鑑賞者の所作、環境や場そのものを作品性としたかつての造形を体感することはなくなってきている。
 現代的手法によって作品の資料化や置き換えが行われているが、日本美術におけるデジタルアーカイブの際に用いられるカラーマネージメント技術は曖昧であり、環境、場といった、本来、日本美術にとって根幹をなすテーマを考察していない。現在のデジタルフォト、画像記録、出力、カラーマネージメント、デジタルアーカイブの技法と思想は西洋の影響が強く、真に日本のかつての造形を考えようとするならば、現在と異なった視点で技術を確立しなくては、その考察と視覚資料化は不可能であると考える。造形研究には自ら画像資料を作成することが必要であり、またその行為そのものが材料や空間論を構築するための研究手法となる。
 本論は明治までの日本美術、思想、材料が抱えていた「空間」を、デジタルや現代の思想の中で相対的に比較し考察するものであり、現代が得たもの、失ったものを桃山の空間と材料の中に見出す試みである。
 第一章では国宝都久夫須麻神社、南禅寺天授庵、国宝園城寺勧学院、国宝園城寺光浄院の撮影調査と考察をもとに自身の立場から材料と場との関係を論じた。現代の材料との対比、デジタルメディアとかつての桃山の表現との対峙の中で見えてくる空間性の違いを実際の経験、調査記録資料をもとに述べた。
 第二章では、琵琶湖について考察を行なった。材料が環境と結びつきイメージと広がりを人に与える経験を琵琶湖と竹生島で得た。その光景を画像とともに述べる。
 そして第三章では「光浄院」で行った実践的考察について論述した。美術館を想定した絵画表現ではなく、床の制作を行う。材料と場、時間と表象の関係を現代美術、哲学、自己の中で展開させず実際の日本美術の空間と対峙し展開させる。共感ではなく共有できるリアリティーを数年の様々な研究調査、創作の中で模索した。それは素材そのもの、メディウムそのものを人と場の間に如何に美しくインスタレーションするかであるが、場の中で一番に表現と関係するのは支持体とメディウムである。どのように意味や論理、言葉で関係させようとも自己の外に広がる環境は、表現者の意図とは無関係に線や形を弱くし意図した色彩と異なった結果を場に示す。このように絵画の枠組みが保障されない環境で、自己からの意味づけではなく素材そのものが持つ性質と思想を考察する。

 私は自身の表現と調査研究にデジタルを使用してきた。絵画をデジタル化する場合や、絵画と自分との間にデジタルメディアを介在させる際に生まれる違和感や構造の差は現代において新しい絵画の可能性であると感じていた。しかしながら、日本の造形を前にしたデジタルはあまりにも脆弱であり、その差異は「絵画」そのものの強さを反対に証明していた。
 Lab、RGB、CMYK、色温度などカラーマネージメントの概念がなかったかつての色の表現を見る時、素材の扱い方、美意識、ダイナミックな「空間」の構築には現代との隔たりがある。現代日本画の主流となる膠とは異なるメディウム表現の中にある「空間性」がRGB、Lab以上の色域の表現を可能にし、数十億画素の「高精細」な画像と比較にならない多くの質感を場にもたらす。場との関係で絶えず変化する絵画構造は、顔料一粒にまで一貫した「空間性」を持ち、現代の均一化された濁りのない顔料やメディウム、美意識とは異なり空間で反応し環境と混ざり合う。その空間は竹生島や琵琶湖のように広大な広がりと深い無限の奥行き、物質をこえ果てしなくつながるときを、ひとの身体とこころに与える。
しかしかつての日本美術の完璧なレイアウトと材料を現代で繰り返すことは不可能であり意味をなさない。様々な歴史と思想の混同や、物質、産業、化学としての材料の衰退と発展の中、考察と反省を繰り返し可能になる現代の新しい絵画を構築することが今必要である。
審査委員
秋本貴透 須賀みほ 斉藤芽生 福家俊彦(園城寺執事長)

小塚 直斗

空間論


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