Craft

綴織技法による台湾民話の芸術表現の可能性

許 尚廉

筆者は自然や民話を題材にしたタぺストリーを制作したいと計画した。修士課程の二重織などの研究を引き続き、改めて綴織技法に焦点を当て、「象徴と温もり」のイメージに着目する。これにより、自然への愛が生活と結びつくことによって生み出される芸術品を目指す。
織は、起源を古くに求めることができる工芸である。昔から世界各地に多くの作品が残されている。経糸と緯糸を少しずつ織り込んでいくため、制作過程は長期間にわたる。その長い過程があるからこそ、制作者の思いが注がれ、織り込めると筆者は思っている。そのうえ織りによって、テキスタイルの表現は様々に異なり、その特徴に応じて、服からインテリアなどの生活環境のなかで利用されている。衣服を着るという実用価値だけでなく、様々な視点によって織の芸術的な価値が引き出されていると言えるのである。
人間の感情や自然の美しさに心から感動するたびに、「何」を織模様で表現することが可能なのか、身に付けた技法の幅はどれくらいできるのかを考えてきた。そのような疑問を自分なりの制作を通じ、少しでも理解していければよいと思う。また織の変化により、自身の思いを沿わせ、模様の美しい作品を創作したいと思う。
近代に台湾においては、政治社会に大きな変化が起こり、都市の発展とともに、伝統を失いしつつ、生活のかたちも変わってきた。民話の調査をきっかけに、一人の原住民の友人を尋ねた。友人は祖父の出身の部族の昔話を語してくれた。さらに調査をすすめ、約百年前に西洋に出版された書籍で見た銅版画、日本人の人類学者が撮った絵ハガキの写真資料も発見できた。以来、台湾原住民族の昔の生活風景を初めて認識し、大変に感動した。自作はその書籍や絵ハガキから、雰囲気を想像し、構成したものである。これはひとつのシリーズをなす作品群である。山や植物などは、それぞれ自然の、あるいは素朴な美しさを代表する存在で、人間との関係を語るという物語を表現した。自身の中で台湾を母国としてそこで生活し、また様々な経験をしながら共感した事象を、綴織技法を使い、イメージと素材を考察することにより新しい作品のシリーズを展開しようと創作し始めた。
本論文の構成は次のようになっている。
第一章では、民族と民話の伝承について述べ、象徴と温もりという創作イメージの根源を説明する。第1節では、予備考察として台湾の複雑な歴史と民族の構成による民話の背景、及び多民族の正式名称までの経緯を説明する。第2節では、今日まで言語によって伝承されてきた民話の種類と特徴について紹介する。第三節では第二節で述べた各類の民話のなかで、「変形」、「作物伝説」、「精霊信仰」などの面から、筆者の考える民話の象徴と温もりを論じる。
第二章では、台湾原住民の生活に現れたシンボル化した工芸品、および工芸美術のなかでも、染織と民話のイメージの繋がりを述べる。第一節では、工芸品、あるいは入墨に用いられる「渦紋」「菱紋」「波紋」などのシンボルを考察する。第二節では、台湾の染織工芸の素材と特徴と台湾の綴織の可能性について考察する。第三節では、紋樣-染織品の模様-入墨との関係性について、1、2節で論じた紋様や染織工芸から制作表現へつながるイメージが蓄積されてきた経緯を説明する。
第三章では、綴織の歴史と特徴を述べてゆき、そして綴織を用いる理由を明らかにする。第1節では、各地の綴織文化の相違を考察する。第2節では、物語を主題とする既存の綴織作品を例として挙げて比較する。第3節では、第二章を敷衍し今までの自作の表現内容と技法を写真を織り交ぜつつ説明し、綴織技法を用いた民話の象徴と温もりを表現する作品制作の可能性を確定する。
第四章では、博士学位取得提出作品についてのべる。第1節では、作品のコンセプトとして、第一章第3節で論じた象徴のイメージと温もりの基礎的な考察と結び付ける。第2節では、提出作品を構成したイメージである《熊と豹》、《日月潭の白鹿》などの物語を詳述する。第3節では、提出作品の制作過程を示す。
結論においては、以上の研究により、綴織技法を用いる意義について述べる。また自作と綴織の今後の展開と合わせ、本論文をまとめる
審査委員
菅野健一 片山まび 上原利丸 豊福誠

許 尚廉

綴織技法による台湾民話の芸術表現の可能性


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