東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Japanese Painting

鳥 ―死の傍観者―

牧野 香里

私は幼少期の経験から「鳥」に対して特別な感情を抱いてきた。父親による精神的、肉体的暴力により、感情を閉ざし、無力さに苛(さいな)まれていた私に、強い存在として鳥がいた。彼らの無表情さ、翼を持ちその場から飛び去る姿は、自身をトラウマから解放する救世主となった。また鳥のもつ特殊性、聖性が、自身の原体験と不思議な関連を持っていることに気づき、古今東西で神聖視され、死をも超越し傍観する存在に感じられたことで、鳥を描いていきたいと考える強いモチベーションとなった。
もう一つのモチーフとして幼少期に経験した弟との死別がある。本来ならば悲しいはずの出来事が、父からうけたトラウマにより弟の死への憧憬を招いた。しかし潜在的な死への恐怖は拭えずに残り、死という平穏と恐怖の間で葛藤が生じた。そこで鳥の持つ聖性から、自身の純粋な鳥への崇拝と、死をも超越する存在として認識された鳥を結びつけることで、「鳥-死の傍観者-」という現在に続く自身のコンセプトが成立することになった。
絵画化にあたって、ダダからシュールレアリスムの作家、ジョルジョ・デ・キリコ、マックス・エルンスト、ポール・デルヴォーの三人を取り上げ、シュールレアリスムの持つ物語性、夢の危うさ、非現実空間の構成の面白み、可能性を探ることとした。また、アブストラクトの作家として、ジャクソン・ポロック、岡田謙三、フランシス・ベーコンの三人を取り上げる。三人の作品を動と静の抽象画に分け、それぞれの作品の利点、欠点を検証していく。
最終的にはシュールレアリスムの持つ他人の夢に迷い込んだような構成の柔軟性とアブストラクトの持つ構成による抽象概念の表質化、そして自身の課題であるリアリティのある造形性を合わせた新しい表現を探求していく。

第1章 視覚的リアリティ -鳥-
第1節「鳥への憧憬」では、鳥に対する自身の経験、鳥の特殊性を挙げながら、自作品の表現根拠をより具体的に明示した。 
第2節「視覚的リアリティとしてのダダ、シュールレアリスム」では、鳥というモチーフの聖性を絵画化するため、ジョルジョ・デ・キリコ、マックス・エルンスト、ポール・デルヴォーの三人の作品を読み解き、自作品との比較検証を行い、与えられた影響、絵画としての可能性を検証する。

第2章 心理的リアリティ -死-
第1節「死について」では、小林秀雄の『本居宣長』の記述から、死というもの目に見えないものの捉え方を検証し、絵画表現の上でさまざまな表現を試み得る土壌としての自らの見解を述べた。
第2節「心理的リアリティとしてのアブストラクト」では、死という可視化できないモチーフをどのように絵画化していくべきか探るため、ジャクソン・ポロック、岡田謙三、フランシス・ベーコンの三人を取り上げアブストラクトの限界と可能性を探った。

第3章 提出作品-制作過程-
本章では、提出作品の「Half moon」、「わたしの博物誌」、「追憶」を例に挙げながら、自作品の過程にこそ自身の表現したい、伝えたいものの根源があると考え、表現手法を具体的に明示し、完成までの過程を示した。

Half moon

Half moon

わたしの博物誌

わたしの博物誌

追憶

追憶

牧野 香里
略歴
2011年3月 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業
2013年3月 東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻日本画研究分野修了