東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Inter-Media Art

観照の円滑な転換

宮坂 直樹

審査委員
●小沢剛(先端芸術表現科准教授)、◯松尾大(芸術学科教授)、◎小谷元彦(先端芸術表現科准教授)、杉田敦(女子美術大学教授)
 鑑賞ではなく観照の語を題目に据えたのは、作品の良し悪しを判断し、作者の心情や作品の背景を探るという意味を除外した作品享受の経験を研究主題とするためである。本論の要は、「観照の円滑な転換」を観者に促すための作品構成についての研究であり、著者は本研究を、「観照についての基礎的な研究」に位置づけている。まず、観照についての基礎的な研究を行うに至った経緯を記述し、次に「観照の円滑な転換」の具体的な内容に踏み込んでいく。章ごとの構成は以下の通りである。

 第一章では本研究の足がかりとして、美術領域における「作者」と「観者」の二項に着目する。近代芸術の発生によりこれらの項が強調されたことを指摘し、美術史における作者の項と観者の項それぞれに対する批評的な試みを取り上げて分析する。作者の項に対しての批評的な試みとしてマルセル・デュシャンの「レディ・メイド」、ロバート・ラウシェンバーグの「消されたデ・クーニング」、「超芸術トマソン」を挙げる。観者の項に対しての批評的な試みとして「参加型作品」を例に挙げる。ここで参加型作品における「参加する観者」と「俯瞰する観者」の二重の観者を見出し、参加型作品が見る行為の対象になり得るのではないかと提起する。また、ウンベルト・エーコの動的作品の概念における、作者と観者、作品の生産と享受の流動的な在り方を参照して章を締めくくる。

 第二章では、俯瞰する観者が参加型作品を見ることについて考察する。見るという行為を、建築学者であるクリスチャン・ノルベルグ=シュルツによる空間の分類の参照を通して考察し、本論における「観照」の語について詳しく説明する。

 第三章では、「基礎科学」と「応用科学」の関係、「純粋美術」と「応用美術」の関係に着目し、前章までに論じた観照の視点から、本論の目的を「観照についての基礎的な研究」であると定める。また、「観照についての基礎的な研究」が応用された例として「インテリアとしてのカラーフィールド絵画」と「アルフォンス・ロランシックの拷問施設」を挙げる。

 第四章では、クレメント・グリーンバーグのメディウム・スペシフィシティと、これに連なるメディウムについての論考から、本研究の主題である観照に関わる要素を抽出する。グリーンバーグのメディウム・スペシフィシティ、スタンリー・カヴェルによる映画の物理的基盤の考察、ディック・ヒギンズのインターメディアといった一連のメディウムについての論考から、「観照の組織の方法」としてメディウムを捉え、観照の組織の方法の一つとして「観照の円滑な転換」を提案する。そしてゲシュタルト心理学において頻繁に用いられる「図と地の分化」と「図地転換図形」の作用を参照し、二章で参照したノルベルグ=シュルツの空間概念と接続することで、観照を円滑に転換する条件を提示する。図地転換図形が同一の空間の中で異なる形態の間での観照の転換であるならば、本論で論じる観照の円滑な転換とは、同一の形態を対象に、異なる空間の間での観照の転換である。本章で参照する図と地に関しては、視覚の先行研究を主とするが、本研究の潜在的な射程が視覚だけに留まらず、他の知覚や記憶、想像、思考などの抽象的処理にまで及ぶ可能性を示すために、様々な分野の図と地の研究、言語学の概念である転換子についても触れる。

 第五章では、本論で論じた内容と、著者の制作との関係を記述していく。著者の作品で用いる視覚的空間の画角と体性感覚的空間の形態について、様々なアーティストや建築家の作品を引用して説明する。また、著者の作品である「CV」、「surspace」、「死角」を紹介する。
C V

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宮坂 直樹
略歴
2010年10月 ブリュッセル王立美術アカデミー公共空間芸術科修士課程修了