東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Conservation

文化財保存修復理念による壁画の復元研究 ―キジル第17窟「立仏図」の複製制作を通して―

李 艶梅

審査委員
●宮廻正明(文化財保存学科教授)、◯有賀祥隆(東京藝術大学客員教授)、◎荒井経(文化財保存学科准教授)、木島隆康(文化財保存学科教授)、大竹卓民(東京藝術大学非常勤講師)、狩俣公介(東京藝術大学非常勤講師)
研究背景
キジル石窟壁画は、シルクロード東西文化交流を反映した重要な世界遺産である。しかし、過去の人為的破壊や流出、経年劣化などによる損傷が著しく、図様を認識することが困難な壁画が数多くある。そのため、壁画の保存を最優先とし、現在ではその多くが非公開になっているが、世界遺産登録以降、壁画を公開する機会が増えたため、劣化の進行が懸念されている。このような、壁画の保存と公開の相反性が文化遺産保護事業の大きな課題になっている。

研究目的
キジル石窟壁画の現状から、壁画の保存と公開の両立を目的とし、文化財修復理念に基づいた、新たな復元方法の探求を試みる。


研究方法
本研究の目的を達成するため、欠損していく壁画を3つの制作工程で明確にすることでこの問題に取り組んでいく。研究作品として、キジル第17窟左廻廊外側壁に残存「立仏図」を対象として研究する。
この3つの制作工程では、現状の複製・補彩・想定復元を行う。第一、原本の記録するための複製制作である。手段として、手作業の現状模写やデジタル複製があるが、大量な欠損壁画が復元できることと複製画の客観性を考慮すると、現状模写の制作工程では、デジタル技術を応用した。具体的な制作工程は、壁画の画像のデータは、現地の研究院から頂いて、パソコン上で色調補正などを行い、また、壁画の質感を表現するため、和紙に下地を作った。そして、プリンターで印刷して複製できた。第二、補彩図の制作である。復元模写により文化財を公開する上では、オリジナルを尊重し、真正性をまもるということは非常に重要なことといえる。ここで、日本における文化財保存修復の理念及び補彩技術に着目することにした。文化財の補彩とは、簡単に言えると、作品の欠損箇所に周囲の色調とバランスをとるために彩色を加える作業である。この補彩は、原本への加筆は原則として行わないが、作品の構造や材料などによって、東洋と西洋の絵画には、考え方と処置方法に違いがある。本研究では、壁画に対して、両方の考え方や処置方法を参考にして行った。○1原本のオリジナルを記録するため、壁画の複製でも、オリジナルに加筆は行わない。○2東洋絵画の中、欠損図様は描き足さないように、西洋絵画の中、周辺の色調に合わせるように行う。○3文化財の修復では、補彩材料は、後の修復で除去できるため、絵具の素材を変わりますが、本研究では、原本と近い質感を表現するため、同じ素材で行う。例えば、周辺の絵具はラピスラズリならばラピスラズリを使い、ベンガラならば、ベンガラを使う。制作工程では、複製した現状図に補彩を行った。第三、想定復元図の制作である。この制作工程では、補彩図を撮影でデジタル化にしたら、前の同じ方法で複製した。補彩図の複製画に加筆で想定復元を行った。参考のため、ベルリンに流出した立仏図を反転して、参考資料として複製した。
結論
 本研究により、次の成果を得る事ができた。まず、修復理念をもとにした複製画の制作により原本の真正性を保全しつつ、鑑賞価値を高めることができた。また複製画の制作過程でデジタル技術と手彩色を融合させる事により、制作時間が大幅に短縮され、高精度で大量の壁画の複製に活用できる。このことは劣化していく文化財の記録の手段として、また、今後の復元研究の参考資料とすることも可能である。そして、ベルリン国立博物館の壁画に見られるような海外に流出した壁画など貴重な壁画を、世界的に共有する事ができるようになる。これらによって、壁画の保存と公開の両立できるといえる。


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李 艶梅
略歴
2005年7月 山東理工大学美術学部美術科卒業
2010年 アモイ大学美術研究科美術専攻修了