東京藝術大学博士審査展公式サイト2015

WORKS

/ Austhetics and Art History

美術教育における技術の位置付け ―手工教育思想の考察を通して―

長尾 幸治

審査委員
●本郷寛(芸術学科教授)、◯小松佳代子(芸術学科准教授)、◎木津文哉(芸術学科教授)、上野浩道(東京藝術大学名誉教授)
筆者は技術には新たな発想を生み出す創造性が内在することを、制作活動を行う中で感じてきた。そのため、本論文第一章では、美術概念及び、技術概念の理論的考察を美学者である竹内敏雄の捉える美術と技術の関係性、F・デッサウアーの捉える技術哲学、及びL・マンフォードの文明批評の観点から、美術と技術、両概念の共通性と差異を導き出した。
美術制作と技術的製作には制作者の主観性と、客観的要因との結合によって創造的活動として成り立つという共通性がある。一方で、美術制作は美的価値の創出を、技術的製作は社会的有用性の創出を目的とするという目的的価値の差異によって独自性を主張するのである。
創造的活動が制作者の主観性と客観的要因との結合によって成り立つのであれば、創造的教育である美術教育においても、学習者と技術の結びつきを明らかにする必要性がある。
つまり、美術教育における技術の位置づけを示すためには、美術教育と技術教育との境界が明確になる以前の教科である、手工教育にみられる多様な学習者と技術との結びつき方をとりあげる必要性が明らかになったのである。
 そのため、本論文第二章、第三章では、美術教育と技術教育の源流であり、明治期から昭和初期まで両教育の境界に位置していた手工教育をとりあげ、その諸相を捉えることで美術教育における技術に迫った。
 第二章では、明治初期から大正期以前の手工教育思想における技術観を考察した。手工科創設の背景を図画教育との関連を含め追うことで、手工教育独自の教育的価値が学習者と技術との多様な結びつき方を生み出したことを明らかにした。さらに、この時期の主な手工教育思想として、上原六四郎、後藤牧太、及びスロイド教育、手島精一、一戸清方の思想をとりあげ論述を行った。
 この時期の手工教育思想は、技術の客観的側面を習得することを目的としており、社会生活における有用性を重視した。そのため、技術を学び、活用していく学習者の姿よりも、手段や方法といった客観的に形式化された技術の有用性が強調されており、学習者の主観性への意識が希薄であったことを明らかにした。つまり、既存の技術を応用する観点から、創造性を育むという目的をもちながらも、学習者と技術の結びつきを示すことができなかったのである。
第三章では、学習者中心の創造的教育思想が隆盛した大正期から、昭和初期までの手工教育思想に焦点を当て、手工教育思想における技術と創造性の捉え方を明らかにした。この時期の手工教育は大正期におこった新教育運動による児童主体の教育の在り方の隆盛や、産業の変化に伴う美術、工芸、工業概念の境界の明確化から、手工教育における学習者と技術との関係性の多様化がみられる。
 さらに、この時期の主な手工教育思想として、岡山秀吉、阿部七五三吉、山本鼎、石野隆、霜田静志、及び横井曹一をとりあげ論述を行った。この時期の手工教育思想では創造主義という観点から学習者の活動を重視し、学習者と技術の結びつきを示すことによって、技術のもつ創造性を明らかにした思想や、従来の手工教育思想にはない技術の個人的価値付けという新たな観点が誕生した。学習者を中心に学習者と技術の関係性を捉えなおすことで、学習者の主観性と技術の結びつきが強まり、技術の創造性を示すことができるのである。
第四章では、手工概念の捉え方、及び教育内容の専門性、汎用性という観点から、各手工教育思想の位置づけを明らかにした。さらに、各思想における技術の位置づけを整理することで、技術を形式化された手段や方法のみではなく、学習者の経験を含め捉えることで学習者と技術の結びつきが強まることを明らかにした。
 学習者と技術との結び付きが強まることで、技術にも創造性が生まれる。美術教育における技術の創造性は、学習者の主観性と技術とが結びつき、作品として表出される過程で得た経験が学習者を次なる制作に導くという連続性を生み出す。美術教育における技術の考察によって、学習者の作品制作にみられる連続的発展に技術の学びのダイナミズムがあり、技術は手段や方法とった客観的形式としてのみでは捉えきれないことを明らかにした。
本論文での考察で技術を応用し創造活動へと発展させる技術の主観的側面は、創造的活動を目標とする美術教育に明確に位置付けられる必要性があることが導き出された。創造的制作は学習者の内面性のみでは成立しない。素材や道具、技法、場所等の学習者にとって客観的な事物との関わり合いの中で生まれ、学習者が自身の外にあるものと関わり合い、表現にとりいれることで現時点での自己を超え出る創造的な制作が可能となる。
つまり、内面性を重視した自己表現ばかりに囚われるのではなく、客観的な事物との関わりの中から表現の独自性が生み出されていくことも忘れてはいけないのである。
受け継がれるもの

受け継がれるもの

長尾 幸治
略歴
2011年3月 多摩美術大学美術学部工芸学科卒業
2013年3月 東京藝術大学美術研究科芸術学専攻美術教育研究分野修了